戦略と技術のコラボレーションで事業をつくる例で学ぶビジネスモデリング(8)(4/4 ページ)

» 2006年09月08日 12時00分 公開
[山本啓二,ウルシステムズ株式会社]
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投資政策の方向性をも左右するシステム化計画

 5日間かけて仕上げた提案書を基に、山田社長、久慈部長との何度かのディスカッションを経て、プロジェクトはスタートした。クライアントにとっては投資案件の検討となったので、途中からは久慈部長に加えて、財務部の和田課長が検討に加わった。

 「モバイル広告媒体企業の資本政策として、キャリアの出資をもらうというのは、媒体としてどうかと思う。ほかのキャリアとの関係に大きな制約となるし、特定キャリアのひも付きとなってしまうのでは、そのキャリアと一蓮托生(いちれんたくしょう)ですよね」

 和田課長は、優しげな風ぼうに似つかわしくない、厳しい口調で話す人だった。しかし、それが熱意によるものだということは、もうメンバー全員が分かっている。

「おっしゃることは理解しています。ただ、全体の予算感からしても、キャリアの出資を仰ぐのが適切ではないかと考えています」

 野田は事業計画のページを繰りながら反論した。湯舟も応援のつもりで言葉を継ぐ。

「そもそも、他キャリアでは同様のサービスが現状存在しないという状況ですから、事実上キャリアのサービスに依存した媒体である以上、キャリアと一蓮托生というのは、そこまでのデメリットがあるのかどうか」

「それは分かりますが、その予算感というのは、どのくらいの精度があるのかという話も出てくるわけで。少なくとも、媒体としてはキャリア中立である方がベターだというところには、議論の必要はないですよね。だとしたときに、もし今回あまりにも莫大な投資を伴うのであれば、それは他キャリアに目を向ける余裕もないだろう、と。それが、そこまでじゃない、またもう1つ別キャリアの別サービス、これは現状存在するサービスの中に候補があるのか、今後出てくる新しいサービスなのか分かりませんが、別サービス向けに開発することがあり得るような投資規模なら、両にらみで行った方がいいということにもなる」

「精度という意味では、システム開発を含め、現状あくまで概算です。事業、業務の全体像が精緻化されていませんので、販管費をどう見積もるかなども、事業規模からの類推にすぎません」

 野田は淡々と答えた。

「であれば、キャリアとの資本関係をうんぬんする前に、その精緻化をできるところまでやるのが筋じゃないか」

「それはおっしゃるとおりと思います、ただ、スケジュールに影響が出かねませんが……」

「拙速には進めたくない、といって、ずるずる検討ばかりしてていいわけでもない。いまの論点としては、本当にキャリアと一蓮托生で行くべきなのか、他キャリア展開があり得るのかどうか。さらには、その判断に基づいて、資本政策を決定するための情報が必要だ、という話です。なので、単独キャリアの場合と複数キャリアの場合でシステム投資がどう変わるか、複数キャリア向けに展開した場合、ビジネスモデルやコスト構造がどう変わるか。その辺りがポイントになると思っているので、そこはもう少し精緻化したい、と」

湯舟は、和田のいうことももっともだと思いつつも、少しくぎを刺しておく必要を感じて口を開いた。

「システム投資についていえば、例えばインフラについては複数キャリアに展開したとしても、共用できる部分があると思います。それをざっくり見積もることはできるでしょう。ソフトウェアの開発規模も、今回やろうとしているピタカのシステムについては、一定の精度で見積もることができます。ただ、ソフトウェアについては、複数キャリアに展開したとして、ほかのキャリア向けのサービスの仕様が分からなければ、要はそこで何がしたいのかも決まっていなくては、規模感すら分かりません」

「それは当然です、ピタカと同程度の投資規模で展開が可能という仮定でいいと思います」

「であれば、ソフトウェアについては、仕様にまで落とせていませんから、かなり精度の粗いものになると思いますが、オーダーが変わらない程度では見積もれるでしょう。インフラも、ソフトウェアの作り次第という部分はありつつ、事業規模から、どの程度のスケーラビリティが必要になるか、というのは分かりますので、これも仮置きの構成として見積もってみましょう」


<<ポイント>> 概算はあくまで概算、精度などの前提を明確にする。とはいえここでのラフな方向付けが、後々まで影響するので、必要十分な検討を行う。


「それだけでも、いまよりはずいぶん良くなる。どのくらいかかります?」

「来週の打ち合わせには、ちょっと間に合わないと思います。再来週までお時間をいただいていいですか?」

「了解です。野田さんも、それで大丈夫ですか?」

「そうですね、こっちも2週間ということで、本当にざっくりとですが、なにがしかの積み上げた数字は用意できると思います」

「よろしくお願いします」

 和田課長は頭を下げた。

「資本の話は、そんなところでいいかな? それでは、続いて、シネコンとの連携の話に移りましょうか。いくつかこんなことしようと思ってるんだけどと打診してきたので、その感触をお伝えしておきたい」

 久慈部長の発言から、今度はサービスの仕様や端末の大きさといった要件の議論になっていく。実際のシステム開発に至るのは、まだまだ先の話だ。だが、と湯舟は思う。ここで自分がかかわっていることはすごく重要だ。技術的に無理なこと、あまりに非効率なこと、そんな前提で事業計画が固まってしまったとしたら、後から開発で苦労するくらいならいいとしても、下手をすればこの事業そのものが立ち行かなくなる。湯舟は、設計とプログラミングの整然とした世界を恋しく思いつつ、いまはその責任の重さを受け止めなくては、と覚悟を決め直した。


<<ポイント>> いわゆる「上流」は、作ったように動くソフトウェアの世界とは異なるあいまいな人間の世界。それゆえの面白さとやりがいを感じられるかどうかが、その世界で生きていけるかどうかの分かれ道。



 この事例にあるように、情報システムの競争力がKFS(Key Factor for Success〜成功要因)となる事業は昨今珍しいものではなくなっている。そのような事業を企画し、立ち上げ、成長させていくには、情報システムに関する実経験と正しい知識が必須のものとなる。あなたが技術者であれば、自身のフィールドを広げるために、事業会社や戦略コンサルティングファーム、ITコンサルティングファームを将来の活躍の場として視野に入れてみてはどうだろうか。

筆者プロフィール

山本 啓二

ウルシステムズ株式会社



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