実店舗、Web、メール、コールセンタ、郵送など、どれをとっても企業に対して行うさまざまな手続きの「手順」が明確に示されていることが少なく、分かりにくい。また、企業側の事務処理上の都合で定められている「手順」を利用者に当然のように押し付ける形態が多く、使いやすさがほとんど考慮されていない。実店舗の窓口、Web、コールセンタなどは、ある「一定手順」で操作、利用しなくてはならない。そこで、その操作手順や表現、説明の設計が課題となる。この設計が適切になされていないと、
「どう使ってよいかが分からない」
という問題が生じる。また標識、表示、ピクトグラム、報知音などのサインでは、そのデザインが不適切であると、
「意味が分からない」
「違う意味だと思った」
などの問題を生じる。これらの解決策は、利用者の意図に沿った設計を行うか、あるいは、設計者の意図が明示された設計とするかのいずれかとなる。これは人間の判断、記憶などの認知的な側面と密接な関係を持つ。認知的な意味での使いやすさを設計するための基礎知識、設計と評価のための技術と方法を織り込む必要がある。これが、ユーザビリティ・デザインである。
あらためて述べるまでもなく、企業がさまざまなチャネルを使って提供するサービスの根幹が情報サービスであり、情報サービスに携わる以上利用者にとって「使いやすい」サービスを提供するということは永遠のテーマとなる。ユーザビリティ(Usability)という語は、以前より情報サービス関係でも重要性を指摘されていた。
もともとは英語の「usable/useable:使用可能な」の名詞形で、「useful:役立つ」とは異なり、「使い方が分かりづらい」「操作が面倒」といった不便さがない(少ない)という面を表す言葉である。
どのくらい容易に目的を達成できるか、その製品が持つ機能・性能を十分に引き出すことができるかといったユーザーにとっての有効性、効率性、満足度を示すもので、操作性(取り扱いやすさや誤操作の防止)、認知性(直感的な分かりやすさ)、快適性(心地よさ)、安全性(危険や致命的間違いの防止)などが含まれる。
さらに、顧客接点となるチャネルでは、一方的な情報発信よりは、「手続き」という形でのインタラクションが多く発生する。しかも利用者側の習熟度は常に低いものと考える必要がある。利用者側の習熟度が常に低いことを想定したインタラクティブ設計が求められる。
人間は間違える。それは正しい方法を知覚していても発生する。例えば自動車のAT(オートマチック・トランスミッション)操作ミスによる暴走事故などがそうである。日本で自動車免許を取得している以上、操作は知っているし、自己所有物であれば一定の習得時間を経ている。それでも誤操作による事故がある。人間の特性は以下のとおりである。
人間は間違えるという前提に立てば、エラーの発生を許容し、修正・訂正可能な操作を提供する必要がある。
次にアフォーダンス(affordance)について触れておきたい。アフォーダンスとは、アフォード(afford)「〜ができる」「〜を与える」などの意味を持つ動詞を基に、アメリカの知覚心理学者によって作られた造語である。
アフォーダンスとは、
であり、環境の中に実在する知覚者にとっての価値のある情報である。
例えば、1枚の紙がある。紙は普通、破れることをアフォードしている。しかし、電話帳だったらどうだろうか。よっぽど力に自信がある者でない限り、電話帳を束のまま破るということをアフォードしていない。
人によって当然のことだが、知覚が異なるため、アフォーダンスは人によって異なる。紙の場合は「破れる」「破れない」など、他にもあらゆる情報を始めから実在させている。そして、これらのアフォーダンスは我々がどんな状況にあっても不変であり、文化や言語にも関係なく、そこに情報を備えている。これは、今まであった人間の情報処理過程の理論とは異なるものである。
アフォーダンスは、オブジェクト・環境の中から知覚者がその状況に応じた自分にとって価値のある情報を発見し、獲得する。知覚者によってピックアップする情報は千差万別であるが、アフォーダンスはその都度現れたり、消えたりしない。アフォーダンスは物をどう取り扱えばよいのかについて、強力な手がかりを提供する。アフォーダンスの特徴がうまく使われていれば、何をしたらよいのかは少し見ただけでわかる。
チャネル・インテグレートを考えたときのインタラクション設計においては、アフォーダンス理論を活用し、意図する情報を伝える必要がある。
人間工学−インタラクティブシステムの人間中心設計プロセス JIS Z 8530 (ISO 13407)によれば、人間中心設計活動はシステム開発プロジェクトを通じて実施されることが望ましいとされる。そのときの流れは、図5のとおりである。
四角枠内が活動を示している。図5から分かるとおり、活動は絶えず繰り返して行われることが要請されている。事実、規格でもそのような一文がある。 そして、活動の開始は、人間中心設計の必要性の特定から始まる。
人間中心プロセスを適用することによって、経済的、社会的便益がもたらされると、この規格で触れられている。具体的には次のとおりである。
利用者がチャネルに対して期待する適切なやりとり=インタラクティブは、自ら起こしたアクションに対する適切なフィードバックである。これに対し企業側は、チャネルとプロセッシング(バックオフィスなどの後方処理)が別々の思考・目標で動いている。
企業にとっては、窓口(やコールセンタ、Web、メール等のチャネル)とバックオフィス業務(プロセッシング)は1つのフローとして処理されるべきものである。しかし、それぞれ担当が異なることなどが要因であると推察されるが、統一されたメッセージ・フィードバックを期待することができない。
本来トップダウンアプローチで、一体としてデザインされた後に担当が配されるべきところが、各担当から「ご意見をお伺いする」ボトムアップ・アプローチでプロセッシングデザインが実施される傾向が強い。このため、システム部門や事務部門はコストや無謬性に重点を置くあまり、顧客に対するインタラクションは軽視されることになる。
そこで期待されるのは、一貫性のある「プロセッシング」と「インタラクション」である。利用者はどのように事務処理をするのかについては興味がなく、自らが期待することに対して、企業が期待どおりの応答をすることを求めている。この「期待どおりの応答」こそが、インタラクティブ設計の根幹を成すものである。利用者に対して、エラーを起こしにくい情報提供を行い、エラーであれば正すための情報を提供し、正しく事務処理が行えた後には、必要最小限の(正常終了)メッセージを伝えるという設計が必要である。
ユーザビリティ=使い勝手には5つの特性がある。まず、学習しやすさとしてユーザーがすぐ使えるよう、簡単に学習できるようにしなければならない。2つ目としては効率性で、一度ユーザーが学習すれば、後は高い生産性を上げられるよう、効率的な使用を可能にしなければならない。3つ目としては記憶しやすさで、不定期利用のユーザーがしばらく使わなくても、再び使うときに簡単に使えるよう、覚えやすくしなければならない。4つ目はエラーで、ユーザーのエラー発生率を低くし、エラーが発生しても簡単に回復できるようにしなければならない。最後は主観的満足度で、ユーザーが個人的に満足できるよう、楽しく利用できるようにしなければならない。
顧客接点のすべてに対し、この5つの特性を備えたユーザビリティを提供することでグッド・カスタマー・エクスペリエンスの形成につながる
サービスメニューについて考える。サービスメニュー≠サービス時間×サービス内容である。サービスメニューとして顧客に提供されるものには、サービス内容やそのサービス時間以外の「何か」が含まれている。例えばハンバーガーショップでは、ハンバーガー(やその他のサイドオーダー)だけではなく、スピード・清潔さ・安心感・楽しさ・品質の均質さなどがその「何か」に含まれる。
企業におけるマルチ・チャネル・デリバリでは、顧客のチャネル選好理由に着目する必要がある。限られた窓口でのサービスからスピーディで効率的なセルフサービスの双方が、状況や好みによって使い分けられている。サービスメニュー全体を設計し、サービス内容とサービス時間だけではない「何か」を含めた質と効率を高めるための技術的思考が求められる。
サービスとは、「ティッシュ」や「携帯電話のストラップ」などを配ることではない。いかに要望を満たすか、いかに利便性を提供するか、どのようにコンサルティングニーズを満たすかといったカスタマー・エクスペリエンスの観点を考えるべきものである。気が向いたときに、気楽にやればよい顧客サービスなどあり得ない。サービスはモノとしての製品そのものと同様に、ビジネス存続のための必要条件である。顧客サービスは売り上げを伸ばすための末梢的な付加物ではない。各チャネルで提供される顧客サービスこそが企業が提供する商品の中核である。最終回となる次回は、ITとしての「顧客との関係強化」実装について述べる。
營田 茂生(つくた しげお)
日立ソフトウェアエンジニアリング株式会社
セキュリティサービス本部 シニアコンサルタント
大学時代は構造化プログラミングを学ぶ。日立ソフト入社後,主として保険、証券会社システムのシステムエンジニアリングに従事後,現在は仮想化ビジネスを推進中。
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