続いて、NEUSOFT Japan 第一システム事業部事業推進室の野澤幸弘室長が、オフショア企業の人材育成について報告しました。
NEUSOFT(東軟)と言えば、泣く子も黙る中国ナンバーワンのアウトソーシング業者です。2008年度の売り上げは5.05億米ドル(約450億円)で、そのうちITアウトソーシング分野の売り上げは1.7億米ドル(約150億円)、日本向けの売り上げは1.4億米ドル(約125億円)に上ります。驚異的な実績を誇る同社ですが、中国人ソフトウェア技術者の実力不足、経験不足、高コスト化、そして高い離職率には常に悩まされています。
そこで同社は、中国における圧倒的な知名度と資本力を生かして、強力な人材育成システムと人材募集のネットワークを構築しました。NEUSOFTが掲げる人材供給および育成の計画は、次の5段階に分かれます。
1.初級人材開発・大規模供給計画
2.中級SE専門育成計画
3.高級技術人材専門育成計画
4.BSE専門育成計画
5.PM専門育成計画
NEUSOFT は、このような専門育成プログラムを段階的に提供することで、中国のソフトウェア人材のピラミッド構造を構築しようと考えています。例えば、初級人材の育成については、独自のトレーニングだけにとどまらず(表2)、IT学院と呼ばれる情報系専門学校と提携して系統的に取り組んでいます。
Step1 入社教育 | 企業文化を理解(勤勉・熱心・情熱) |
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Step2 通用技術トレーニング | 専攻知識と技術をマスター |
Step3 外国語教育 | 日本語国際検定試験4級取得、基本的な日本語力をマスター |
Step4 実戦訓練(OJT) | ソフトウェア開発プロセス規範に基づき、専攻知識と技術を運用し、プロジェクトを完遂 |
表2:NEUSOFTの初級人材育成の流れ |
今年のフォーラムでは、そうそうたる顔ぶれの中に加わり、わたしも登壇する機会を得ました。世界同時不況に苦しむ日本企業のアウトソーシング戦略を紹介して、オフショア開発の事業推進に役立ついくつかの成熟度アセスメント技法を解説しました。
第2部のチュートリアルでは、オフショア大學の標準テキストである「オフショアプロジェクトマネジメント【PM編】」(技術評論社、2009)に記載された問題を中心に、各執筆者や参加者の立場でどのように解答を導くか、各設問と解答に関連した実際の問題をどのように解決したのかなどを解説しました。これにより、オフショア大學標準テキストが制作された基本思想についての理解を深めるとともに、本書をいつでも自身で繰り返し使える学習書として活用できます。本チュートリアルでは、以下のような問題を扱いました。
【テキスト問題2-8より】 あるオフショア開発プロジェクトの仕様説明会では、中国委託先のプロジェクトマネージャが通訳を兼ねました。仕様説明の途中で、中国人参加者から質問が出たとき、通訳のプロジェクトマネージャは即座に中国語で回答しました。その間、日本語による解説は一切なされません。中国語による質疑が終わった後に、発注側の日本人担当者が議論の経緯を説明するよう求めたところ、「大丈夫です。もう解決しましたから」と笑顔で返されました。結局、仕様説明会は最後までこの調子で進められました。この事例から察知されるリスクをすべて抽出しなさい。
【テキスト問題3-2より】 契約請負によくあるオフショア開発プロジェクトでは、毎週定例のテレビ会議が開催されます。会議参加者は以下のとおりです。・・・この会議で、誰が議事録を書くべきでしょうか。
【テキスト問題3-9より】 流通業者の社内情報システム開発プロジェクトに参画するオフショア企業では、仕様書作成ガイドラインでカタカナ「エンドユーザ」の使用を禁止しました。いったい、なぜでしょう。
今回のフォーラムを終えて改めて感じたのは、国際社会を見据えたIT人材育成の取り組みは日本よりも中国の方がはるかに進んでいるということです。
上述したように、例えばNEUSOFTは、年齢や職歴に応じた専門育成プログラムを段階的に提供することで、中国ソフトウェア人材のピラミッド構造を構築しようと考えています。中国の教育方針に対しては、一部から「詰め込み型教育」と揶揄されます。しかし、NEUSOFTが掲げる初級人材の大量供給の取り組みは、中国では最も効率的な教育方式です。
一方で、PM専門人材育成計画、すなわち、高級プロジェクト管理者の育成については課題が残ります。ただし、これはNEUSOFTだけはなく、中国ソフトウェア業界全体の課題だと考えるべきでしょう。なぜなら、たとえ中国ソフトウェア業界に米国MBAのようなPM専門養成機関が存在しても、教育投資として1、2年間という時間を割くのは費用対効果の面から極めて非現実的だからです。
今の中国オフショア業界には、優秀なPM候補生を2年間も企業留学させる人的余裕はありません。なぜなら、優秀なPM候補生であれば、わざわざ教育せずとも今すぐに稼げるというのが中国オフショア業界の現状だからです。ただし、今後、中国ソフトウェア業界の人口ピラミッドが厚みを増してくると、PM専門養成機関の役割が重視されるようになるでしょう。オフショア大學は、そこに照準を合わせています。
参考文献
『オフショアプロジェクトマネジメント【PM編】』(幸地司、霜田寛之著、技術評論社)
幸地 司(こうち つかさ)琉球大学非常勤講師
オフショア開発フォーラム 代表
アイコーチ株式会社 代表取締役
沖縄県生まれ。
九州大学大学院修了。株式会社リコーで画像技術の研究開発に従事、中国系ベンチャー企業のコンサルティング部門マネージャ職を経て、2003年にアイコーチ株式会社(旧アイコーチ有限会社)を設立。現在はオフショア開発フォーラム代表を兼任する。日本唯一の中国オフショア開発専門コンサルタントとして、ベンダや顧客企業の戦略策定段階から中国プロジェクトに参画。技術力に裏付けられた実践指導もさることながら、言葉や文化の違いを吸収してプロジェクト全体を最適化する調整手腕にも定評あり。日刊メールマガジン「中国ビジネス入門?失敗しない対中交渉?」の執筆を手掛ける傍ら、東京・大阪・名古屋・上海を中心にセミナー活動をこなす。
著書に、『SEの「品質」力』(技術評論社)、『オフショアプロジェクトマネジメント【SE編】』(技術評論社)、『オフショアプロジェクトマネジメント【PM編】』(技術評論社)、『オフショア開発に失敗する方法』(ソフト・リサーチ・センター)、『オフショア開発PRESS』(技術評論社)、『中国オフショア開発実践マニュアル』(オフショア大學)など。
オフショア大學:http://www.offshoringleaders.com/
オフショア開発フォーラム:http://www.1offshoring.com/
アイコーチ株式会社:http://www.ai-coach.com/
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