ITリーダーは、モバイルでイノベーションを創出せよガートナーと考える「明日のITイノベーターへ」(9)(3/3 ページ)

» 2012年07月19日 12時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]
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マルチプラットフォーム開発にまつわる課題

三木 モバイルアプリの開発についてもお尋ねしたいと思います。かつての「スマートフォン=iPhone」だった時代とは異なり、今日ではOSだけでもiOS、Android、Windows Mobileとさまざまなプラットフォームがあります。加えて、各OSのバージョンの違いもある他、Androidでは画面サイズなど、デバイスごとに仕様が異なっています。従って、アプリケーションの開発者は実に多様なプラットフォームに対応しなくてはならず、非常に苦労していると思うのですが、こうした状況にはどのように対応すべきとお考えですか?

「マルチプラットフォームへの対応は開発者にとって大きな課題だが、それを支援する技術や手段も提供されている。それらをうまく活用すれば決して解決不可能な問題ではない」――ニック・ジョーンズ

ジョーンズ氏 達成すべきゴールをどこに設定するかによって、いくつかのアプローチが考えられると思います。1つのアプローチは、「特定の顧客だけをターゲットに、特定の限られたプラットフォームに向けた開発のみに専念する」というものです。

 2つ目のアプローチは「HTML5の採用」です。HTML5はWebの技術ですが、従来のWebよりはるかにリッチな機能と洗練されたインタフェースを実現できますから、Webというよりはむしろアプリの世界に近い技術です。

 そして3つ目のアプローチが、「マルチプラットフォームのモバイルアプリ開発ツールの活用」です。ただ、現時点では100以上のツールが乱立しており、しかもその多くが小規模なベンダによる製品で、開発生産性が犠牲になることも多いようです。このアプローチはまだ発展途上にありますが、非常に興味深い分野であることは間違いありません。また最近は、マルチプラットフォーム開発の支援サービスを提供するベンダも出てきています。

 確かに、マルチプラットフォームへの対応は開発者にとって大きな課題ですし、異なるプラットフォーム上でのテストも厄介な問題です。しかし、さまざまな技術や手段が提供されていますから、それらをうまく活用すれば決して解決不可能な問題ではないと思います。

「多様なプラットフォームへの対応を迫られているモバイルアプリの開発者は、いま非常に苦労している。HTML5への期待もあるが、その仕様自体が揺れ動いているのが実情。現時点では、マルチプラットフォームへの対応には、たとえ工数がかかっても慎重にならざるを得ない」――三木泉

三木 なるほど。ただ、HTML5は確かに期待が持てる技術かもしれませんが、一方で、その仕様自体がまだ揺れ動いているのが実情です。APIの仕様や、ブラウザごとの実装の差異についても先が読めません。こうした状況下でHTML5に賭けるのはリスクが高くはないでしょうか。

ジョーンズ氏 そうですね。HTML5への対応は、現時点ではある程度慎重に考えるべきでしょう。まだ未成熟な技術ですから、バージョンの違いやブラウザの種類による動作の違い、パフォーマンスの問題などもありますからね。しかし、そうした問題を考慮した上でも、私は今後3〜5年の間に、現在ネイティブアプリで行われていることの多くがHTML5に移行すると予想しています。また今日、HTML5そのもの以外の部分で、非常に興味深い動きが見られます。例えば、HTML5を自動生成するツールや、HTML5にJavaScriptフレームワークを組み合わせたソリューションなどです。つまり、HTML5をより使いやすくするための手段も着実に進展しつつあるわけです。

私物デバイスの業務利用は効率化やイノベーションの源泉

三木 次に、企業における社内でのモバイル活用についてお聞きしたいと思います。近年、若い従業員の間では、自身が私的に利用しているモバイルデバイスやソーシャルメディア環境を、そのまま仕事でも使いたいという声が多いようです。しかし企業のワークスペースは、私的な趣味の世界とはまったく異なるものです。個人的には、この両者は完全に切り離して考えるべきものと思っているのですが、いかがでしょうか。

ジョーンズ氏 私は必ずしもそうとは考えていません。実際のところ、私のクライアントの中には「もし利用デバイスを制限したら、優秀な人材を雇えなくなる」と、懸念する企業が少なからず存在します。また、多様なデバイスの利用を許可することは、単に従業員の満足度を上げるだけではなく、それ以外にもさまざまな効果が期待できます。

「コミュニケーションやコラボレーションの最も先進的な手段は、大手ベンダの製品にではなく、実はAppStoreに転がっている。従業員を新しいデバイスやプラットフォームから切り離すことは、従業員をイノベーションから切り離してしまうことでもある」――ニック・ジョーンズ

 例えば、“新しいデバイスの新しい使い方”を体験することで、従業員はより効率的な仕事の進め方を発見できます。つまりここには、イノベーションの可能性があるのです。

 コミュニケーションやコラボレーションの最も先進的な手段は、大手ベンダの製品にではなく、実はAppStoreに転がっている。従って、従業員を新しいデバイスやプラットフォームから切り離すことは、同時に従業員をイノベーションから切り離してしまうことでもある――私はそう考えます。

三木 なるほど。一方で、一般的な企業がモバイル環境を整備するためには、デバイスやアプリのセキュリティ対策や、専用アプリの開発・改修など、少なくない投資が必要になります。こうした投資の費用対効果は、どのように評価すればいいとお考えですか。

ジョーンズ氏 1つの考え方としては、さまざまなタイプのアプリに目を向けてみることでしょうね。例えば、SFAやロジスティクス支援、検査作業アプリなど、ある特定のタイプのアプリは、6〜12カ月と比較的短期のうちにROIを回収できます。しかし一方で、コミュニケーションやコラボレーションツールなど、人の働き方を変えることを目的としたタイプのアプリは、費用対効果を正確に測定するのは難しいでしょう。例えば、電子メールは私たちにとってなくてはならないツールですが、その費用対効果を正確に算出するのが難しいのと同じことです。従って、モバイル化するアプリを慎重に選び、それがどのタイプに属しているのかを見極めることができれば、ある程度の精度で投資価値を明確化できると思います。

 もう1つ、ポイントとして挙げたいのが、デバイスの寿命です。長期的に見た場合、将来どのようなデバイスが台頭し、あるいは廃れていくのか、また企業内ではどのようなデバイスが使われるようになっていくのかを予想するのは非常に困難です。従って、多くのCIOは、「将来的にアプリを改修・刷新する際には、デバイスの種類を気にすることなくアプリを配布したい」と考えています。HTML5が企業ユーザーの期待を集めている理由の1つは、ここにあります。こうしてデバイスの種類を気にせずにアプリを利用できるようになれば、モバイル環境の運用コストも相対的に下がってくることでしょう。

「ビジネスアプリのモバイル化が進むと、ワークスタイルの柔軟性が高まる。企業はより柔軟なワークスタイルを進んで許容していくべきだ」――ニック・ジョーンズ

三木 そのようにして、企業で利用するアプリケーションがどんどんモバイル化していくと、将来的に、従業員はどこにいても24時間働かざるを得なくなっているかもしれませんね(笑)。

ジョーンズ氏 私たち2人もそうなるかもしれませんね(笑)。ただ、私はむしろワークスタイルの柔軟性が高まるのではないかと見ています。もしプライベートでも仕事のメールをチェックすることを従業員に求めるのであれば、企業は仕事中にFacebookやTwitterを見ることを従業員に許可するべきでしょう。「ギブアンドテイク」と言うと語弊があるかもしれませんが、企業はより柔軟なワークスタイルを許容していくべきです。実際に、若い人たちはそのようなワークスタイルを強く望んでいるわけですから。

著者紹介

企画:@IT情報マネジメント編集部

構成:吉村哲樹


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