インターネット企業ならではの乱高下:挑戦者たちの履歴書(114)
編集部から:本連載では、IT業界にさまざまな形で携わる魅力的な人物を1人ずつ取り上げ、本人の口から直接語られたいままでのターニングポイントを何回かに分けて紹介していく。前回までは、田中氏がさくらインターネットを上場させるまでを取り上げた。初めて読む方は、ぜひ最初から読み直してほしい。
2007年12月、経営不振の責任を取り社長を辞任した笹田氏に代わり、さくらインターネットの社長の座を受け継いだ田中氏。前回紹介したように、不採算事業からの撤退や第三者割り当て増資など、矢継ぎ早に手を打つことで、同社は急速に業績を回復していった。
その過程で田中氏は、社内体制の改革にも着手する。特に、管理部門の立て直しが急務だったという。
それまで人事業務に特化した部門は存在せず、採用や研修のプランも存在しない状態が続いていた。また、決算開示も常に遅かった。さくらインターネットが上場している東証マザーズでは、45日以内の決算開示が義務付けられているが、同社は45日目ぎりぎりで開示するのが常だった。
そこで、田中氏は管理部門の改革に着手する。まずはトップに、管理業務のスペシャリストを充てた。人材の採用計画をきちんと立て、社員研修も始めた。経理・財務業務も整備し、決算開示も早めた。
「今では、15日間で決算開示できるようになりました。これは、東証マザーズの中では一番早いです。『さくらインターネットは健全に経営している』ということを、決算の高速化でもアピールできているのではないかと思います」
こうした思い切った改革には、多少の痛みも伴ったはずだ。田中氏も、「結構、辛いものがありましたね……」と当時を振り返る。
「でも誰よりも、現場のスタッフが本当に一生懸命頑張ってくれました。その努力があったからこそ、会社のバックヤード業務をきちんと整備することができたと思っています」
ちなみにこうした業務改革は、今もまだその途上にあるという。現在同社では、全社基幹システム導入プロジェクトが進行中だ。狙いはもちろん事務コストの削減、業務の効率化と、意思決定のためのタイムリーかつ正確なデータの入手だ。そして、これらは迅速なサービスの投入に直結してくる。
話を2008年当時に戻そう。不採算事業から撤退したことで財務状態は好転したが、経営の危機が報じられたことで、本業であるデータセンターサービスのユーザーは減らなかったのだろうか?
「別に債務超過になることでサービスの品質が落ちたわけではなかったので、ほとんどのユーザーさんは『まあ、大丈夫だろう』と思われていたみたいです。今思うと、当時ユーザーが減らなかったのは、本当にありがたかったですね。逆に、『債務超過? 本当に?』と驚かれた方は、それだけさくらインターネットのサービスに思い入れを持っていただいていた方々でした。そういう方々にも、状況をきちんと説明することで安心していただけました。本当にあの時は、お客さんに支えてもらいましたね」
実際のところ、不採算事業の減損を早々に終えて、本業に専念した結果、早くも2009年3月期の決算では単体で黒字化を達成した。
前回紹介したように、上場から債務超過へ転落するスピードも速かったが、そこから回復するスピードもまた驚異的だ。田中氏からしてみれば、経営の悪化もそこからの回復も、当然の帰結ということなのかもしれないが、そのスピード感にはやはり、インターネットビジネスならではのものがある。
この続きは、5月23日(月)に掲載予定です。お楽しみに!
著者紹介
▼著者名 吉村 哲樹(よしむら てつき)
早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。
その後、外資系ソフトウェアベンダでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。
- 学生の内にオープンソースの世界を踏み台にしろ!
- 第二次ブラウザ戦争の先にあるものとは
- Firefox成功の要因は“ブログの口コミ”
- 苦心したコミュニティとの関係構築
- 一度足を洗ったものの、再びブラウザの世界へ
- “1人ネットスケープ”になっても衰えなかった製品愛
- 聴力を失っても頑張り続けたネスケサポート
- 出産3時間前まで開発を続ける
- 結婚式の翌日には米国にとんぼがえり!
- “MOJIBAKE”を一般語化させる
- ネスケ本社のいい加減なテスト方法に驚愕
- 肌で感じた日米の“エンジニアへの待遇格差”
- 社会貢献が開いたブラウザ活動への道
- 出戻り先の東芝で出会った運命の相手
- 通勤前後に水泳インストラクターをこなす超人
- UNIXに一目ぼれし、ゼロックスへ転職
- 先輩にうまく乗せられて覚えたFORTRAN
- 不純な動機で選んだ就職先
- バスケにバイトにバンド、堪能した大学時代
- 宇宙工学を学ぶはずがなぜかバイオ方面へ
- 雪深い地の伝統校に通った高校時代
- とことんやり、スパッと見切りをつける
- とにかく頑固でわが道を行く少女時代
- “王者IE”に挑み続けた反骨の母
- 非連続的な成長で1000億円企業に
- 奥さまは社員第一号
- 一番やりたいのは“無限にスケールできるPaaS”
- 絶対的な競争力の源泉は“ライセンスコスト”
- 大口解約でもびくともしない経営体質へ
- データセンターがダウンした年末
- インターネット企業ならではの乱高下
- 会社を救うため、数千万円の多重債務者に
- 手を広げ過ぎて、上場後すぐに地獄へ
- “郷に入れば、郷に従わず”に失敗
- 弱冠27歳で東証マザーズ上場を実現
- 従業員の給料をATMで自ら振り込む修羅場
- 一時の気の迷いで“受託の麻薬”に手を出す
- “自転車操業”で、創業期を何とかしのぐ
- マニアにターゲットを絞った戦略が功を奏す
- “さくら”の由来に拍子抜け
- アキバで感動し、18歳でさくらを立ち上げ
- “三股”で多忙を極めた5年間
- 入学早々“校歌しばき”の洗礼を受ける
- 関西と関東の文化の違いにがくぜんとする
- 中学で同じ趣味のマニアに出会う
- 電気工作に明け暮れ、将来の夢は“エンジニア”
- 乗り鉄で“一筆乗車”にハマった幼少時代
- 日本のインターネット黎明期を築いた未成年
- これからの若者は絶対海外へ出るべき!
- 日本企業には“変わる勇気”が必要
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.