非連続的な成長で1000億円企業に挑戦者たちの履歴書(120)

編集部から:本連載では、IT業界にさまざまな形で携わる魅力的な人物を1人ずつ取り上げ、本人の口から直接語られたいままでのターニングポイントを何回かに分けて紹介していく。前回までは、田中氏がさくらインターネットの社長に就任するまでを取り上げた。初めて読む方は、ぜひ最初から読み直してほしい。

» 2011年06月03日 12時00分 公開
[吉村哲樹,@IT]

 今回まで24回にわたって、さくらインターネットの社長、田中邦裕氏の足跡を紹介してきたが、同氏は本稿執筆時点でもまだ32歳。そして、同氏が育て上げてきたさくらインターネットという企業も、サービス開始から15年、創業して11年とちょっと。まだまだこれからが伸び盛りだ。同氏は今、将来に対してどのようなビジョンを思い描いているのだろうか?

 「個人としてのビジョンというよりは、どうしても会社としてのビジョンになってしまうんですけどね」

 こう前置きしてから、田中氏はさくらインターネットの将来ビジョンを静かに語り始める。

 「100円ショップで、100円のプラスチック製のタライが売ってるとしますよね。じゃあ、それが10倍の値段の1000円になれば、ステンレス製のものすごく高級なものになるかというと、そういうわけでもありませんよね。値段と品質は多くの場合、必ずしも正比例ではありません。ITサービスも同じです」

 例えば、低価格レンタルサーバの10倍の価格のサービスがあったとして、果たしてそれが10倍の品質や機能を備えているだろうか? 決してそうではないだろう。レンタルサーバに限らず、ITの費用対効果については、ユーザー側から疑問を呈する声が昔から絶えない。

 しかし田中氏は、10倍のお金で10倍の効果を提供できる方法が、必ずあるはずだと力説する。

 「うちのVPSサービスも、同じ980円の料金で他社と比べた場合、確かに機能は少ないかもしれませんが、品質は極めて高いつもりです。そういうサービスを、何百円台から何百万円台、何千万円台まで、きちんと価格に応じた品質を備えた上で、広げていきたいと思っているんです」

 このように、値段に応じた品質のITサービスをきちんと提供できれば、顧客のビジネスの成長につながる。顧客が成長できれば、それが自社の売り上げにつながる。そしてひいては、それが自社の成長へとつながっていく……。

 さくらインターネットの経営理念の1つに「高品質かつコストパフォーマンスに優れたインターネットサービスの提供で、お客さまの満足と喜びを共有する」というものがあるが、これはまさに前述のような自社と顧客の「Win-Win」の関係を通じて、自社と顧客が互いに成長していくことを目指したものだ。田中氏も次のように述べる。

 「さくらインターネットは、今までもそのようにして成長してきた会社ですから。なので、会社として成長を目指すことは、大前提です」

 同社の売り上げは、もうすぐ年間100億円に届くところまで来ている。しかし、田中氏の目標はそのはるか上、1000億円だ。

 「こう言うと、『冗談でしょう?』と言う人もいますが、僕は大真面目にこの数字を目指しています。でも、確かに既存のビジネスの延長線上で、売り上げを積み上げていくだけでは、この数字は達成できません。なので、『非連続的な成長』を目指すのです」

 非連続的な成長、つまり既存のサービスとは連続性のない、まったく新たなサービスの提供に果敢にチャレンジしていくことによって、急速な成長を目指すという。

 「これまでも、ハウジングや専用サーバのサービスを始めたとき、あるいはVPSやクラウドを始めるときもそうでした。石狩データセンターの建設計画もそうです。それまで手掛けてきたサービスとは連続性のない、新しいサービスに進出することで非連続的な成長を遂げてきました。ただし、先ほど挙げたような企業としてのビジョンやミッション、バリューは堅持していきます。『いかにお客さんに喜んでもらえるか』というところをしっかり押さえておけば、連続性のないサービスであっても、さくらインターネットらしいサービスになるはずだと思っています」

 田中氏の口調はあくまで静かで穏やかだが、その語りの内容はベンチャー経営者らしい、企業家精神にあふれている。この分なら、これからもデータセンター業界の風雲児として、思う存分暴れ回ってくれることだろう。

 「まあ、創業者ですから、自分が会社でやりたいことについてうそを言ってもしょうがないですよね。やっぱり、日本のITコストってまだまだ高いと思っていますから、そこを何とか解決してお客さんの成長に貢献しながら、自分たちも高い成長を目指す。こうした理想を、これからも決して諦めることなく追求していくつもりです」


 24回にわたってお届けした田中氏の履歴書は今回で終了です。次回からは、モジラジャパン代表理事の滝田佐登子氏の履歴書を掲載する予定です。お楽しみに!

著者紹介

▼著者名 吉村 哲樹(よしむら てつき)

早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。

その後、外資系ソフトウェアベンダでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。


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