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鮫肌スーツから火星着陸まで〜疾走する“ファイバー”の世界(2/2 ページ)

» 2004年06月30日 05時02分 公開
[芹澤隆徳,ITmedia]
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photo 植物繊維のボディを持つ自動車、アラコの「コムス タイプS」は2003年の東京モーターショウで初めて披露された

 この自動車のボディや内装は、植物の繊維から作られている。材料になったのは、ペルシャ語で「麻」という意味を持つアオイ科の一年草「ケナフ」。CO2の吸収能力が高く、また成長が早いことから「環境にやさしい」と注目を集めている植物だが、一方で繊維質が多く含まれているのも特徴だ。

 自動車のボディは、ケナフの繊維や芯に、これまたケナフから抽出したリグニン樹脂を混ぜ合わせ、熱を加えてプレス成形したもの。熱に強く、強度も高いという。

photo ケナフ繊維。国内メーカーでも複数の実用例があり、たとえばトヨタが「セルシオ」のドアに使っているほか、松下電工が建築用ボードに採用した例もある

 さらに環境にやさしい繊維もあった。下の汚いシャツ(失礼)は、まさに分解されようとしている「ポリ乳酸製シャツ」。いわゆる「生分解性繊維」の一種で、“自然に還る”のが最大の特徴だ。

photo ポリ乳酸製シャツ

 ポリ乳酸は、でんぷんを発酵させてできる乳酸から製造する。このでんぷんは、トウモロコシなど農作物の廃棄する部分のほか、紙くずや生ごみなどから抽出することもできるため、廃棄物の有効活用としても注目されているという。今回はTシャツだったが、農業用のシートやハウスの素材としても実用化済みという。

photo 水を含ませると発熱する繊維。あったかい

 一方、繊維の研究は機能性を高める方向にも向いている。上の写真は、水分を吸って発熱する性質を持つアクリレート系繊維「ブレスサーモ」。科学的な処理によってアクリルの分子構造を変えたもので、綿の約5倍もの吸湿性を持ち、しかもその水分を使って熱を出すのだ。体験コーナーでは、手の上に繊維を乗せて水をかけ、温度の変化をサーモグラフィで見せてくれたのだが、数滴の水をかけてしばらくすると温度は45度近くまで上がった。

photo 画面で赤く見える部分は44〜45度

 45度まで熱くなる服はさすがに着られないが、ほかの素材と混ぜれば用途は一気に広がる。たとえば「スキーウェアや“冬場の下着”に使われています」(説明員)。

 説明員の方は女性だったので言葉をまるめているが、要は「ババシャツ」だ。アクリレート系繊維を3%ほど混ぜたババシャツは、人間の皮膚から常に蒸散している水分(水蒸気)で発熱し、ぽかぽかと暖かいらしい。

 なお、ブレスサーモのほかにも「水をはじく繊維」「水に溶ける繊維」「水分を素早く吸収し、すぐに乾く繊維」などユニークな機能性繊維が多く展示されていた。

photo 「究極の黒い布」。どの辺が究極かというと、表面にナノオーダーの凸凹があり、「光を吸い込む」のだそうだ。これで暗幕を作ったら最強

光ファイバーの仕組みを知る

 そろそろIT系の話題も一つ(一応、ITmediaなので)。GI-POFの開発で知られる慶応大学・小池康博教授の研究室が展示に協力した「光通信体験コーナー」では、光ファイバーで通信を行う様子がよく理解できる。

 内容は、途中で切断された光ファイバーの間に、色のついたフィルムを挿入し、通信を継続できるかどうかを検証するというもの。ファイバーには、660ナノメートルの波長を持つ光に変換したアナログ映像信号が通っていて、横に設置したテレビに接続されている。

photo 「光通信体験コーナー」。透明なカバーの中央にスリットがあり、色のついたフィルムを挿入する

 660ナノメートルといえば、DVDビデオの読み出しやCD-MD間のデジタルダビングに使う光伝送と同じ波長だ。ダビングのときにコネクタを覗くと赤い光が見えるが(よい子は真似しないで下さい)、これは660ナノメートルの波長が“赤い色”を持っているということ。したがって、透明なフィルムや赤いフィルムなら透過できるが、緑のフィルムを挿入したときはテレビの映像が途切れるというわけだ。なるほど。

photo 赤いフィルムを透過中

火星探査車を守ったのは国産繊維

 最後に紹介するのは、火星着陸に成功したNASAの無人探査車「スピリット」と「オポチュニティ」を守ったのが、日本の“スーパー繊維”だったというお話。

 スーパー繊維とは、従来より格段に優れた強度や弾性率(しなやかさ)を持つ合成繊維のことだ。そして、スピリットが火星に着陸する直前に膨らみ、火星の表面で何度もバウンドしていた巨大なエアバックに使われていたのが「ベクトラン」という国内メーカー製のスーパー繊維だという。

photo スーパー繊維「ベクトラン」

 ベクトランは、スチール繊維と同等の強さを持ちながら、重量は5分の1から6分の1程度。しかも耐摩耗性に優れ、低温でも強度が失われないという特性を持っている。そこでNASAは、ベクトランを6層にしてエアバックを製作し、着陸機の周囲に24個配置した。

 結果はご覧の通り。火星の表面でぼよんぼよんと弾み、見事に着陸を成功させた。国産繊維の底力を感じる瞬間だ。ちなみに、エアバックのテストモデルを公開したのは“本邦初”だという。


 「疾走するファイバー」展の開催期間は、6月30日(水)〜8月31日(火)。休館は毎週火曜日(ただし、祝日、夏休み期間は開館)。入場料は、大人500円/18才以下200円で、常設展示とのセット券(大人900円/18才以下360円)も用意されている。

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