さて、映画業界にサラウンド技術が浸透してくると、今度は家庭向けサラウンドという新しい市場が生まれてきた。通常、映画を家庭向けソフトに落とし込む場合、映画館向けに制作されたサウンドトラックがそのまま流用される。ドルビーステレオが映画で一般的に使われるということは、即ち、家庭向けの映画ソフトの音声にも、サラウンド成分が含まれることを意味する。
「家庭向けビデオデッキが普及し、VHSの映画ソフトという市場が伸びてきました。その中には、ドルビーサラウンドの音が既に入っているんです。ならば、VHSビデオの音声からでもサラウンド成分を取り出せるじゃないか、という話になりました。そこで試作装置を作って、既に発売されていたVHSソフトを再生してみたんです。聴いてみたら、これが映画の面白さを倍加させる。そこで、AVメーカーさんやソフトメーカーを呼んでデモを行ったんです。それが1981年の事でした。その後、コストダウンなどの準備に手間取りましたが、1984年には最初のドルビーサラウンド対応民生機器が生まれました」
こうして市場が生まれてしまうと、映画館向けに作られたサラウンド音声を、そのまま無加工で家庭用ソフトにも応用し、それをデコードして家庭でも楽しむ技術が定着する。現在では、ドルビーのサラウンド音声をデコードできないAV製品は存在しないほどだ。
近年はパソコン用のソフトウェアデコーダも普及し、2ch音声を5.1chにデジタル技術で変換するドルビー・プロロジックIIや、5.1ch音声を6.1ch化するドルビー・プロロジックIIxも、パソコン用ソフトにライセンスされている。
そしてDCR-HC1000とClick to DVDによる、家庭向けの生録サラウンドにまで至ったわけだ。ドルビーは業務用だったドルビーデジタルエンコーダのライセンス料金を、家庭向け製品に対して見直し、低価格の新しいライセンス体系まで用意したという。
「映画向けのサラウンド音場の練り込み、という職人芸がノウハウとして無かった日本で、最初にサラウンド化したソフトは中島みゆきのコンサートでした。しかし、こうした取り組みは映画産業とともにあったドルビー本社には、なかなか理解されなかったんです。たとえば、テレビ番組ひとつ取っても、米国ではハリウッドのスタジオが実際の撮影を請け負っていることが多いため、サラウンドのテレビドラマを作ろうと思えば、そこに既に技術者がいるわけです。そうした文化的な違いが壁としてありました」
「しかし、今では生録サラウンドに対する本社の見方も変わってきています。ソニーとの取り組みが実績として上がってくれば、パソコン向けに新しい提案が行えるようになるでしょう」(伏木氏)
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