閑話休題。
そもそもドルビーラボラトリーズは、どのようにしてサラウンドに関わってきたのだろうか。古くからドルビーとともに仕事をしてきた伏木氏に、ドルビーとサラウンド技術の関係についてうかがってみた。
「1960年代に、磁気テープ向けのノイズ低減装置を開発したのが始まりです。このころは当然、アナログ技術です」と伏木氏。
磁気テープにはヒスノイズという物理的に避けられないノイズがあり、これが録音可能な音のダイナミックレンジを制限する一因となっている。特に高域のノイズは問題で、周波数帯ごとに最適なレンジに圧縮して録音し、再生時に元に戻してやるのがノイズリダクションの基本的な動作となる。
これはその後のドルビーB/C NRでも実践された手法だ。当時のオーディオシーンをご存じの方なら、同様にコンパンダー(コンプレッサー/エキスパンダー)と呼ばれる技術があったのを覚えている人も多いだろう。dbx、adres、ANRSなどの技術があった。その中で、ノイズリダクション技術の源流とも言え、ノイズリダクション効果とその弊害のバランスに優れ、性能的にも安定していたのがドルビーの技術だった。
「映画の音声は以前は、6ミリの磁気テープが使われていましたが、そこでのノイズリダクション技術として、我々の技術が使われていました。しかし磁気テープは耐久性が低く、繰り返し映写しているうちに品質が落ちてしまいます。そこで、フィルムサイドにサウンドトラックが記録されるようになりました。
サウンドトラックはフィルムサイドに“絵”として焼き込まれている音声情報だ。光電管でサウンドトラックを透過する光の量を読み取り、それをアナログ音声信号に変換する。光学フィルムに焼き込まれ、非接触のセンサーで読み取るため耐久性は高いが、音質は非常に悪かった。そこで、このサウンドトラックにも、ドルビーの技術が使われるようになったのである。
「光電管のサウンドトラックは、周波数特性が非常に悪かったんですよ。ノイズリダクションとともに、周波数特性を拡大する技術も使われています。これがドルビーA NRと言われている技術です。光電管の音は、途中、ホコリなどの影響でブツブツとノイズが大量に混入しましたが、これも除去する効果がありました(伏木氏)」
ノイズリダクション技術で映画産業との関わりを持ち始めたドルビーは、その後の映画の進化とともに技術開発の道を歩んだ。1975年に封切られた“スター誕生”では、サラウンド成分を逆位相でステレオトラックにミックスしておき、マトリックス接続でサラウンド成分を取りだして再生させるサラウンド技術が使われた。いわゆる“ドルビーステレオ”の時代だ。その後、1977年の“未知との遭遇”、“スターウォーズ”のヒットで、映画におけるサラウンド技術の普及が加速していく。
サラウンド音声も、約50年前は4chあるいは6chの磁気記録で試験運用が進められてきたが、やはり耐久性の問題で普及していなかった。それがたった2本の光電管用サウンドトラックで実現したことで、映画業界に急速に浸透していったわけだ。
ちなみに、現在のドルビーデジタル音声も、フィルム上に記録されたパターンを光学的に読み取ることで実現されている(余談だが、dtsは音声データをCD-ROM2枚に持ち、フィルム上にはタイムコードのみが記録されている)。QRコードのような四角いデジタルパターンで焼き込まれ、それを読み取ってデジタル信号へと変換しているのだ。
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