「日本では映画ではなく、ドキュメンタリやスポーツ放送、ニュース映像などで、生の雰囲気・臨場感をサラウンドで実現しようという、放送の現場におけるニーズが大きかったんです。特にNHKは積極的で、マイクの配置やミキシングなど、生放送で高品質のサラウンドを実現するノウハウを蓄積してきました。デジタル放送はAC-3ではなくAACでの放送ですが、アナログのステレオ放送でも昨年、MBSがドルビープロロジックIIエンコードでサラウンド放送を実現した例があります」(伏木氏)
なるほど、そう言われればBSデジタル以降、NHKは生中継の5.1ch放送を積極的に行っている。今年1月のウィーンフィル・ニューイヤーコンサートでは、初めてコンサート会場からの音声を5.1chで生放送した(前年までは録画だった)。コンサート会場の自然な雰囲気を、生中継で味わえてしまうというのは、確かにゼロから映画館向けに音場を作り出していく映画とは異なるもののようだ。
そうした放送業界とドルビーとのコラボレーションが、ソニーとの製品化で家庭向けにまでフィールドを広げたのが、DCR-HC1000とClick to DVDの組み合わせというわけだ。
「僕にとってDCR-HC1000とClick to DVDは、サラウンド技術の原点みたいな商品なんですよ。僕らはもう20年ぐらいサラウンド技術をやっていますが、出始めた当初、試しにマイクを4本使って、サラウンド録音を色々なところで試して、それを視聴室で再生してみた。もちろん、ハリウッド映画のようにオーソライズされた音場ではありませんが、そのとき、その場の感動が蘇ってくる」
「今回のソニーさんとの製品化案はソニーから持ちかけられたものでしたが、やはりソニーさんも同じような実験をして、その映像を持ち込んでらっしゃいました。あぁ、これこそがサラウンドの原点だと思いましたね。映像を撮影したその場の雰囲気をそのまま再現できる。そこには、サラウンド技術の本質的なおもしろさがあるんです」と伏木氏は語る。
かつてビデオ編集は、とても大変な作業だった。アナログビデオ時代に編集機材などを買い集めた読者ならおわかりだろうが、凝り始めると膨大なお金と時間が必要になってくる。しかしそれも、映像のデジタル化とPCの高性能化によって、驚くほど簡単・手軽になってきた。
昔、プロが巨大なコンソールを操作して行っていた作業が「今ではパソコンひとつで、ハリウッドのまねごとをデジタルビデオカメラとの組み合わせで誰でも楽しめてしまう。ならば、次のステップとして映画と同じサラウンド音声も、パソコンでやってしまおう」(伏木氏)というわけだ。
実際にDCR-HC1000とClick to DVDで作成した、“生録サラウンド”付きの映像を試聴してみた。正直言って、最初はあまり期待していなかったのだが、なんともリアルな音場が出来上がっているではないか。映像は鎌倉のハイキングコースで、森林の中を撮影しただけのものだったが、鳥の鳴き声、川の水音、木の葉のざわめきが、その場の様子を鮮明に浮き上がらせる。
現在はソニー製品との組み合わせでのみ可能な、家庭向け“生録サラウンド”セットだが、その先にはマルチチャンネル音声の家庭向けパソコンでの編集も見えてくるかもしれない。
たとえばアドビのオーディオソフト「Audition 1.5」には、複数の音声トラックを組み合わせ、5.1ch音声を編集するツールが組み込まれている。ここで作ったオリジナルのサラウンド音声を、「Encore」などのDVDオーサリングソフトで読み込めば、ドルビーデジタルの5.1chDVDを作ることができる。ドルビーはDVDオーサリングソフトへのドルビーデジタルエンコーダのライセンスを積極的に行っているからだ。
現在はクリエイター向けのこうしたツールも、時を経てユーザーインターフェイス技術も進歩してくれば、エンドユーザーが趣味の一貫として使う時代にもなるかもしれない。
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