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IP再送信の課題をどう考えるか西正(2/2 ページ)

» 2005年07月29日 18時18分 公開
[西正,ITmedia]
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 これは、ストリーミングをIPに変えることによって、内容が変質してしまうことはないだろうか、という点だ。

 ただ、この点については、同一性を保持するように相応の帯域を確保しておくことにより、チャンネルの編成権は引き続き放送局側が主導して持ち続けることもできる。いわゆるハード・ソフト分離のような議論を解消していく上でも、放送事業主体を今の放送局が担っていく形を採ることができれば、一石二鳥とまでは言わないが、きちんとした検証データさえ示されれば、IP方式による再送信の行方を左右するポイントになっていくに違いない。

エリア管理の問題

 地上波デジタル放送をIP方式によって再送信することを容認できるか否かは、放送と通信の連携の難しさを察する上で非常に格好なテーマと言える。

 著作権問題という大きな障壁がある分だけ、それ以外の問題点がかすみがちであるが、技術的に解決し得るものなのかどうかが漠然としている論点が多い。その典型がエリア管理の問題であろう。

 地上波民放は基本的にローカル免許となっている。アナログ放送時代から地上波民放とCATV局との間では区域外再送信の問題が解決を見ぬまま続いており、デジタル化を機に全面禁止を求める地上波の声が必ずしもCATV局の同意を得られずにいる。

 仮にIP方式での再送信が行われるようになった際は、技術的には東京キー局の番組を全国の至るところで視聴することもできる。しかし、それではローカル免許の根幹を揺るがすことになるだけでなく、ローカル局の経営をも危うくすることになりかねない。

 ローカル局の存在意義は地域情報の発信拠点となることにある。単純にキー局が作った番組を配信するための中継局ではない。税制も含めて、地方自治主体の時代に移行していく中では、これまで以上にローカル局に求められる役割は重くなる一方である。

 ここで放送と通信の連携の難しさが明らかになってくるのだが、おそらくIP方式で地上波を再送信しようという通信事業者は、区域外再送信を行わないと主張するであろうが、その際の「区域」についての理解が問題になる。

 放送局側が心配するのは、相変らずIP方式というと、インターネットに乗って配信されるのではないかということである。通信事業者からすると、別にIP方式で再送信するとはいっても、マルチキャストでクローズドな配信を行う場合には、裏ではインターネットにはつながっていないので、エリア管理は十分に可能であると主張することになる。

 「区域」の理解が問題だというのは、民放は県域免許であるといっても、単純に行政区画通りの免許にはなっていないことを、通信事業者の多くは理解していないからである。放送事業者の心配することを耳にして、それは技術的な学習が足りないからだと決めてかかっていたのでは、実は電波に県境がないという当たり前過ぎることを見落とした議論になってしまう。

 行政区画通りに再送信するというのなら、IP方式で技術的に制御することは簡単であろう。しかし、民放局によっては免許エリアの中に隣接権の一部が含まれているケースが見られる。

 地上波民放とCATV局の間での区域外再送信の議論を横目にしながら、「われわれはあのような行儀の悪いことはしません」と言うだけでは、問題がこれほど長期間にわたって続いてしまっている本質を理解していないというそしりを受けることになろう。

 通信の世界は技術の世界である。技術の世界では、電波のスピルオーバーという事情を元々のエリアに含むという解釈で内包して解決してしまう感覚は、理解に苦しむところになるに違いない。そうしたファジーな側面を持っているのが放送の世界であることを再認識した上でIP方式による再送信の議論を進めていかないと、いずれ本格的な実証実験が行われることになった際、思わぬ意見の食い違いにつながりかねない。

 CATV業界では、ある意味、そうしたファジーな部分に対応できていたが故に、区域外再送信の問題になった時に単純な解決が図れなかったという経緯がある。

 2011年7月のアナログ停波を無事に済ませるためには、電波でもCATVでも放送の届かない条件不利地域の解消が不可欠である。IP方式による再送信がその解消策として改めて議論され始めたにもかかわらず、いつの間にか、そこが抜け落ちた議論になっている点は問題視すべきことである。あくまでも、ユニバーサルサービスの維持は大前提でなければならない。

 加えて、著作権問題という大きな障壁の背後にあってこれまでフォーカスされてこなかった問題点についても、本稿で述べたように技術的な諸点に限らず、民放のエリア問題のようなファジーな点までを含む形で十分に検証される必要があろう。

 とても短期間で答が出るような問題だとは思えないが、放送と通信の連携を進めていく上では、両者間で腹を割った対話が必要であることを知るには、良い機会だと筆者は思う。

西正氏は放送・通信関係のコンサルタント。銀行系シンクタンク・日本総研メディア研究センター所長を経て、(株)オフィスNを起業独立。独自の視点から放送・通信業界を鋭く斬りとり、さまざまな媒体で情報発信を行っている。近著に、「視聴スタイルとビジネスモデル」(日刊工業新聞社)、「放送業界大再編」(日刊工業新聞社)、「どうなる業界再編!放送vs通信vs電力」(日経BP社)、「メディアの黙示録」(角川書店)。

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