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人はなぜ音楽を買うのか小寺信良(2/3 ページ)

» 2005年08月22日 09時50分 公開
[小寺信良,ITmedia]

 日本へのiTMSサービス開始に向けて「アイチューンズ株式会社」が設立されたとき、「エイベックスが楽曲提供で合意」との報道を見て心底ガッカリしたのは、筆者だけではないと信じたい。J-POPを聴かない世代にとって、エイベックスの音楽は、必須条件から一番遠いのである。それよりも米国同様の洋楽がいかに揃っているかという点が、筆者にとって最大の関心事であったのだ。

 実際にサービスが始まったiTMSを見ても、往年の洋楽ファンから見れば、その品揃えは「買いたい曲がない」に等しい。確かにアーティスト一覧では、ミュージシャンの名前が大量に見つかるが、クリックしてみると1曲もないという状態である。

 現在のところ、日本の音楽ダウンロードサービスとiTMSの売れ行きの差は、当然だと感じる。自由度の高いDRM、Apple・iPodというブランドの高さ、iTunesの完成度の高さ、仕組みのわかりやすさ、どの点を取ってもiTMSに勝てるはずがない。

 対応プレーヤーの違いから、ほかのサービスも対抗できるとする考え方もあるようだが、そこには「音楽プレーヤーなどは簡単に乗り換える」という重大な視点が抜けている。iRiverやiAudio、あるいはソニーの製品に一生を捧げるつもりの人など、存在しないのである。おそらく2〜3年で別のものに買い換えるか、あるいは1年程度で買い足すというサイクルで動いていくだろう。

 iTMSのサービス開始を受けて各ダウンロードサービスが一斉に値段を合わせてきたが、これは対抗という意味合いは薄い。いわゆる音楽の仕切り値が下がったから、結果的にそうなっただけである。

 だがここまでの差は、まだJ-POPを中心として展開している現状での差である。日本の音楽マーケットでは、洋楽のシェアは年々縮小を続けているという。だが弾数としては、圧倒的に洋楽のほうが多いのである。これからiTMSが噂どおり洋楽に力を入れてくるとしたら、さらに大きく差が開く可能性が高い。

 音楽業界にとっても、一点集中型消耗戦のJ-POP市場を戦っていくより、ほとんど死蔵同然の洋楽版権を宝の山に変えた方が得策だろう。

人はなぜ音楽を買うのか

 音楽の販売形態でパラダイムシフトが起こりつつあるのを、今我々は目の当たりにしようとしている。それをふまえてもう一度原点に戻り、なぜ人は音楽を買うのかというところを考えてみるのも、試みとして面白いだろう。

 音楽に限らず、コミックや映画などでもそうなのだが、購入という行動を支える原動力は、所有欲であるという考え方がある。だがそもそもコンテンツとは、物質ではない。視覚や聴覚を使って伝達される、ダイレクトな意志表現である。本来ならばその現場に行って見たり聴いたりするべきものであるが、なかなかそうもいかないので、その代償としてそれを封じ込めたパッケージを購入し、自分の都合のいい時間や場所で視聴するわけである。

 そう考えると、所有という感覚はあくまでも二次的に派生するものであって、本来求めるべきものは「体験」であるはずだ。良い音楽に出会ったときの喜びは、良いスピーカーに出会えたときの喜びとは何か違う。スピーカーには自分のものになった、という喜びがあるが、音楽の場合は何かが違う。

 そこで満たされるものは、おそらく「参加欲」とでも言うべき感情ではないかと思う。つまりお金を払ってコンテンツを購入したことで、そのコンテンツの体験会に参加した、という意識を高めることができる。

 かつてP2Pが全盛のときに、タダで手に入れたMP3でも、それがいいものだったから改めてCDを買う、という行動が少なからず見られた。この場合、すでにファイルという形でコンテンツ所有はしているのだから、単純な意味での所有欲は満たされたはずである。

 そこにわざわざお金を払って音楽CDを買い、結果的にはもう一度自分でMP3ファイルにして聴いたりするわけである。そこにはそのアーティストに対する報償を払う気持ちがあり、音楽を聴くという精神的体験に対して、「参加する価値がある」と認めたと考えられる。

パッケージングが生む、もう一つの欲望

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