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IP方式による地デジ再送信の「論点」西正(2/2 ページ)

» 2005年09月15日 20時24分 公開
[西正,ITmedia]
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 実際問題、マストキャリーが制度化されている米国においてさえ、MSO(Multiple Systems Operator=多数のCATV局を運営する事業者)のTimeWarner Cableと3大ネットワークの一角をなすABCが争いになった際、TimeWarnerがABCの放送を流さないといった事例があった。結果的には両者ともに損失を被ることになってしまったのだが、事実としてそういうケースが見られる以上は、各世帯までのアクセスラインを通信事業者に握られる形になるIP放送は、地上波局にとっては「水平分離」の問題を抜きに語ることができないに違いない。

 地デジをIP方式で再送信することになれば、放送局と通信事業者の間を結ぶプラットフォームが必要になる。地上波放送は基本的には県域免許である。よくIP方式で再送信されるようになると、キー局の放送が全国に流れることになるので、ローカル局が危機にさらされるという声を聞く。

 実際には、インターネットで運ばれるわけではなく、クローズドな環境で視聴されるため、県域で放送が区切られることになる。まったくの誤解なのだが、そうした風説が流れるほど関係者間でもよく理解されていないのが実態なのである。

 そもそも、クローズドな仕組みが維持されないようでは、著作権問題などは永遠に解決しなくなってしまう。ここでいう「クローズド」とは物理的な意味でのものである。NTTの電話局が全国各所に見られるが、局舎から各家庭へのアクセスラインを結ぶ形を採れば、ちょうど県域をカバーする形になるため、民放のローカル免許とはマッチングしやすい。電力会社の支店レベルでも同じことになる。そのため、NTT局舎や電力会社の支店と放送局との間を専用の回線で接続してサービス提供を行うことになるから、本当に大手の通信事業者の独壇場ともなりかねない。しかし、IP方式による再送信は、電波の届かない所で、なおかつ既存の事業体によるデジタル再送信が難しい場所でのみ行われるといった補完的な位置づけになるため、水平分離を懸念するほどの規模で行われることにはならない。

 クローズドな環境で県域の放送をIP方式で視聴してもらうには、当然のことながら住居地などを示して、アクセスする権利があることを視聴者側が証明しなければならない。その管理を行うためにはプラットフォームが必要になる。

 そうしたプラットフォームを地上波局が主体となって運営していける団体とすることにより、水平分離への懸念が少しでも薄らぐのであれば、通信事業者側には何の異存もないはずだ。なおかつ、地上波局主体のプラットフォームから再送信同意が出されるため、NTTや電力会社などのエリア管理についても、その遵守レベルが同意を与えるかどうかの条件とされることになる。

 もともと、デジタル放送化、IP方式の採用ということになれば、機器のトラブルをダウンロード形式で修正するためにもプラットフォームは必要な存在である。それならば、社団法人のようなものであっても構わないので、地上波局が主体となってプラットフォームを形成していくことによって、一石二鳥のような役割を果たすことを期待することがベターな選択と言えるだろう。

問われる同時再送信の意義

 同時再送信とは、そもそも空中波を前提としたものである。親局から発せられた空中波を、CATVが受けて各家庭に送信するにしても、中継局で増幅しながら空中波で送信するにしても、それぞれが同時に受けて行われるから同時再送信なのである。

 だから、放送局の演奏所(マスター)から直接、光ファイバーを通じてIP方式で運びだしてしまうことになると、それはもはや同時再送信ではなくなってしまう。送信そのものである。

 放送局としては、演奏所からIP方式で直接送信することになっても、一方で引き続き、親局から空中波を出し続けていれば、水平分離ということにはならないかもしれない。IP方式の方でもプラットフォーム機能を確保していれば、余計にそう思われるかもしれない。

 しかしながら、それを行うとなると、片方は再送信ではないので、2種類の送信を行うことになる。

 ただ、画質のことを問題にするのであれば、演奏所から直接、光ファイバーで送信する方が上であろう。

 今の段階ではIP方式による再送信ではHDに対応できないことを、CATV事業者が反発する際の理由にあげているが、逆にそうした画質の議論を突き詰めてしまうと、いずれは演奏所から直接送信するという話にも発展しかねない。議論の先の先にあるものも見極めておかねばならない。

 空中波を否定することになっては、再送信の在り方について議論していること自体が空虚になる。あまり先行して懸念材料を並べ立てるのは建設的ではないと思うので、この問題はあくまでも可能性の範囲内で論じておくことにするが、そもそも同時再送信とは何のことだったのか問い直される時代が到来する日も来るのかもしれない。

 IP方式による再送信は世界の趨勢であり時代の趨勢でもあるのだろうが、場当たり的な対応で済ませてしまうと、実際にはとんでもない「パンドラの箱」を開けていたということにもなりかねないのでだ。くれぐれも拙速は禁物である。

西正氏は放送・通信関係のコンサルタント。銀行系シンクタンク・日本総研メディア研究センター所長を経て、(株)オフィスNを起業独立。独自の視点から放送・通信業界を鋭く斬りとり、さまざまな媒体で情報発信を行っている。近著に、「視聴スタイルとビジネスモデル」(日刊工業新聞社)、「放送業界大再編」(日刊工業新聞社)、「どうなる業界再編!放送vs通信vs電力」(日経BP社)、「メディアの黙示録」(角川書店)。

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