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放送を殺す「4K放送コピー禁止」の危険性麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」(3/5 ページ)

» 2016年03月07日 14時03分 公開
[天野透ITmedia]

タイムシフトの否定は放送の将来に対する否定意見

麻倉氏:実際問題として、いまどき放送を放送した時間(つまりリアルタイム)に見る人が何人居るか考えてみると、まず仕事をしている人は、その時間にテレビを見ることはできません。一般的な生活ならば深夜帯もあまり見られません。こういった時間帯の放送を見るためにわざわざ休みをとって時間を確保するということが果たして可能かというと、まず不可能ですね。つまりこれは「見ない」ということに通じる訳です。たとえその場にいても録画していないのだから裏番組はあとで見ることはできません。

 実際ユーザー環境としては今や放送はタイムシフト前提となっており、タイムシフトがない放送は全く放送ではないという社会状況になっています。そのためタイムシフトの否定は放送事業者自らが放送の将来に対して否定意見を述べる、いわば「放送は要らない」といっているも同然なのですね。これは新しい放送が立ち上がる現在において、非常に危険な方向ではないでしょうか。

――日本の放送、特にテレビ放送は、録画機器の発達に従って日本の放送は多様性を獲得してきたという歴史を持っていると思います。そういった環境の中で「どうしても観たいテレビがあるので、この日は有給をいただきます」などと言える人がこの日本に居るならば、その人は間違いなく勇者でしょう(苦笑)

麻倉氏:それ話題のイクキュウではなく、エアキュウですね。そんなの認められないですよ(失笑)。現在、NexTV-Fでは「Channel 4K」で実験放送を行っている訳ですが(これは商業放送始に伴い、2016年3月末で実験終了となる)、私のようなアーリーアダプター層は対応するSTB(セットトップボックス)を買って4Kテレビにつないて見ています。もちろんSTBにはHDD(ハードディスク)が入っている訳ですが、これはチューナーとHDDが一体であるからこそ運用できるものと言えるでしょう。もしSTBの内容がチューナーだけとなるとタイムシフトができないため、せっかくの実験放送も観られるチャンスを大幅に失ってしまいます。

 こういったさまざまなことを鑑みるに、今回の運用に対して「T.B.D.」という現在の中途半端な状態はやはり非常に危険なことといわざるを得ません。ユーザーにそっぽを向いているだけでなく、放送業界が自ら首を絞める、つまり4K、8Kの可能性を閉ざしてしまう、非常に重大な過ちになってしまうのではないでしょうか。これは是非、国民的に反対意見を広めなければいけません。

 もっとも、お金が掛かる4K、8Kなど民放はやりたくないというのが本音なら、これはなかなかの深謀ですがね。民放の規制の多い、面倒な、そしてあまり将来が明るくない放送を辞めて、ネットを新天地と思っているのでないかという構図が、見えてくるような気がしますね。そうでもなければ明らかに“放送を殺す”ようなことなど、考えないでしょう。

 それはともかく、放送側は「YouTubeなどに違法アップロードされるのを録画禁止で防ぐぞ!」とのことですが、そもそもアップロードはパソコンで行われるわけで、レコーダーで録画禁止にしても、パソコンでやる人はやるでしょう。録画でなくても、放送と同時にストリーミング的にアップロードすることもできるわけですから。アップロードしている一部の人の行為を問題にして、大多数の善良なユーザーの利便性を犠牲にするサービスなどありえるでしょうか。むしろ、アップロードが問題というなら、直接、アップロードをしている一部の悪人を退治すべきでしょう。

――その点に関しても全く同意です。だいたい、いくらDRM(Digital Rights Management:デジタル著作権管理)を付けたところでハッキングやクラッキングといった技術を持っている人達は今まで必ずコピー制御を無効化してきました。音声では「コピーコントロールCD」が、映像では「ブラックCAS」事件が悪しき前例として挙げられますが、これらによって普通の使い方をしている多くの人達は計り知れない不便と不利益を被ってきただけでなく、当初の目的であるアップロード阻止は未だに撲滅されていません。

 それどころか、ハイレゾ音源の配信に至っては、DRMを撤廃して使いやすくしたことで市場が急成長したという反例もあります。ニコニコ動画などでは、角川や任天堂などが違法にアップロードされた自社のコンテンツを逆に「公認」とすることで、自社コンテンツの認知度を上げていたりもします。これらの例は、一度市場に流れた以上、コンテンツを守ることはもちろんだが、それ以上にコンテンツを広めていくということに重きをおいており、成功した例だと感じますね。これは放送において圧倒的に欠けている視点です。現代文化は改変と再創作で広がっていくものであって、当然放送も例外ではありません。このような発想の転換がない限り、遅かれ早かれ放送は滅びてしまうのではないでしょうか。

2016年1月11日未明のITmedia Lifestyleの口コミランキング。CESの最新記事が上位にひしめく中で、第5位に10年以上前の麻倉氏のリポート記事がランクインしている。同記事はこの後4位まで順位を上げた

 こういった現状の放送業界の思想を如実に反映した例がちょうどありまして、実はこのニュースが注目を集めた1月11日に、この時はCESで最新ニュースが賑わっているにも関わらず先生の「ブルーレイは大好きだがコピーワンスは大嫌い」という12年も前の記事がITmedia Lifestyleの口コミランキングで5位に急上昇していました。さらに翌日には、この記事の同ランキングが4位に上がっています。この事実だけを切り取っても、現状に対する世論を充分に反映していると感じます。

 この記事を改めて読み直してみると非常に興味深いことが書かれていまして、放送をやっている在京キー局の人の声として「放送は生で見るものです。アサクラさん」という文言が紹介されているんですよ。もう12年も前の記事なのに、放送局側の意識は今と何も変わっていないなと強く感じました。

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