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映像技術が切り拓く“まだ見ぬ世界”――麻倉怜士の「miptv2017」リポート2017(後編)(2/5 ページ)

» 2017年05月03日 06時00分 公開
[天野透ITmedia]

麻倉氏:Back to Iraqはニュース番組の中のドキュメンタリー部門で制作された40分の番組で、ソニーの業務用4Kカメラ「CineAlta PMW-F55」を使って撮影されました。映像制作的なテーマとしては、HDと同じような撮影手法、プロセスが通用するのか? という点です。実際にやってみたところほぼ同じ感覚が通用したそうですが、ただしHDR撮影はポスプロ(編集段)で色域が違うので、そこだけは注意したと話していました。

――ニュースにおいて従来の感覚がある程度通用するというのは、なかなか重要な発見ではないでしょうか。新しいものに取り組む際にイチからその手法を学ぶよりも、ずっと制作のハードルが低くなります

麻倉氏:そのなかで従来と異なる「HDRによって情報が増える」だけを新たに学び直せば良いわけですから、確かに間口は広がりますね。RAIではHDRによってリアリティーが高まり、ニュースにおける4K+HDRの効果は高いと評価していました。番組内容はイラクにおける戦闘の様子をリポートしたもので、灼熱の砂漠や赤銅色の砂煙、先頭車両のスピード間や機銃の質感、廃墟と化した建物や破壊された岩の切り口などが映し出されます。表現力が上がると戦争の現場や荒廃した集落など「過酷で苛烈な環境」という映像の本質が伝わるわけです。

高画質によって戦争の苛烈さと愚かさを伝える「Back to Iraq」。イタリア国営放送「RAI」の力作で、次世代映像技術によるニュース番組の試金石でもある
過酷な闘いによって人々の営みも“メソポタミア”と呼ばれた時代の芸術も、破壊によって石ころに還ってしまう。高画質だからこそ伝わる戦争の悲惨さが、そこにはある

麻倉氏:もう1つイタリアの放送局の話題です。正確にはバチカン放送局ですね

――バチカン、ですか? ローマ・カトリック総本山の?

麻倉氏:そのバチカンの放送局ですから、カトリックを世界に伝えるメディアといえます。会場では、ローマ・カトリックで“慈しみの聖年”とされる年に開かれる「聖年の扉」(ポルタ・サンタ)の様子を、バチカン放送局(CTV)が4K HDR(HLG)でライブ中継したという話をしていました。ポルタ・サンタの開門は2016年11月16日にEutelsatの衛星を使い、SKYのネットワークで各国へ伝送されています。

 CTVによるとHDRのメリットはかなりあったそうです。なにせ世界最大級の宗教の一大イベントですから、人種の異なる大勢がバチカンに集まります。その時に信者の表情の違いが明確に出るというのです。バチカンとしては4K HDRをマスターにして、それを各種フォーマットへダウンコンバートして配信という仕組みが出来上がったと話していました。ローマ・カトリックも4K HDR化です。

――凄い時代になったものですねぇ……

パパ・フランチェスコの祈りと祝福で開かれる聖なる扉「ポルタ・サンタ」。世界中から信者が巡礼に訪れる
一大イベントを収める4K・HDRの撮影クルー。一見最新技術とは最も縁遠いと思われるローマ・カトリックも4K/HDRによる“画の伝達力”を信頼している

麻倉氏:HDRの話題でもう1つ、クラシック専門局のパラマックスフィルムが面白かったです。

――パラマックスというと、確か昨年も取り上げていましたっけ?

麻倉氏:よく覚えていますね。確かに4K HDRは一昨年からやっていて、昨年のこのコーナーでも取り上げましたが、今年はHDRの進化が見ものでした。技術の進化、特にグレーディングのテクニックが大きく進歩しており、2015年と2016年のものを比べると、同じHDRでも2016年のものが断然良くなっています。

 デモはメーター指揮のイスラエル・フィルと、パッショナルな女流ピアニスト、カティア・ブニアティシヴィリの、ベートーヴェン1番の3楽章です。実はマスターは昨年と同じものなのですが、昨年に対して今年は精細感が上がっていて、スタインウェイ(ピアノ)の輝きや衣装の細やかさがググっとアップしています。色合いがまったく違い、質感がより細かく、抜けが良くなりました。大元をRAWで撮っておいてHDRで編集するという流れがあれば、ソフトウェアやヒューマンパワーの進化でより完成度の高いものができるということです。

――写真をやるのでその感覚はよく分かります。RAWが残っていると後々自分のテクニックが上がることでグンといい絵を出すことができますね

麻倉氏:話を聞くと、昨年はグレーディングがいまひとつだったそうで、今年はそこをきっちりと追い込んだといっていました。特にスキントーンやピアノの輝きなどが上がっているので、このような方向で今後もやっていきたいです。私的な見所は、まずブニアティシヴィリというピアニストがすごく派手で、演奏も負けないくらいブリリアントという点です。優しくとか軽やかとかは今までもありましたが、彼女の演奏はベートーヴェンのコンチェルトなのに、ストラヴィンスキー並の超ガンガンです。

――とっても個性的で僕は大好きです

麻倉氏:彼女の派手な演奏にはHDRの絢爛(けんらん)さが合っていると感じます。SDR的、HDR的な演奏というように、演奏は凄いけど映像がマッタリとか、その逆とかではバランスが悪いわけです。映像と音楽の一致という意味では、演奏を生かす音と絵のテンションが噛み合っていると感じます。

日本の音楽ファンの間では「ブニちゃん」の愛称で親しまれているジョージア出身のピアニスト、カティア・ブニアティシヴィリ。ハイテンションでパワフルな演奏が彼女の魅力
同じマスターを使いながら、グレーディング技術の向上で昨年よりも画質が上がったという演奏風景。麻倉氏によると、彼女の演奏と元気な画調のHDRは相性が良いという

麻倉氏:さて、次はVRとのコラボレーションという新しい話題です。最初に述べたとおりmiptvは番組の見本市なので、世界中から番組を売り買いするバイヤーが集います。今年はさらにVRもかなり出てきました。まずはゲームから開拓されているジャンルですが、これを番組制作に活用・導入するという発想です。

――VRの映像番組ですか? うーん、ちょっとまだ想像がつかないですが……

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