10月18日、政府の物価問題関係閣僚会議が東京地区(23区、武蔵野市、三鷹市)のタクシー運賃値上げを了承した。新たなタクシー運賃は11月2日に認可され、値上げ実施は12月上旬からになる見込みだ(10月19日の記事参照)。
今回の値上げで、上限運賃は7.22%上昇し、初乗り710円に。加算料金は288メートルごとに90円となり、深夜早朝割増料金は2割と下がるが開始時間が午後10時からとなる。東京地区のタクシー現行料金は、初乗り660円、加算料金は274メートルごとに80円で、深夜早朝割増料金は3割だが開始時間が午後11時からだった。
東京地区のタクシー料金値上げをめぐっては、本来は今年前半にも決着する話だった。タクシー業界側は「燃料費の高騰」と「運転手の待遇改善・所得格差是正」を理由に値上げを申請し、国土交通省も容認する構えだったが、参院選を前にした政府が物価上昇感が強くなることへの懸念から先送りにしてきたという経緯がある。その後、東京地区より先に地方のタクシー料金値上がりがじわりと進み、首都圏も年の瀬の繁忙期にあわせて「駆け込み値上げ」となった。だが、12月というまさに“タクシー利用が増える時期”の料金値上げは、利用者の割高感や反発を招きそうだ。
筆者は今年、何かとタクシー業界に縁があった。
昨年からタクシーでのFeliCa決済導入が進んだこともあり、多くのタクシー会社を取材した。また、今年前半にはタクシー業界の業界誌で連載コラムのページをいただき、外部者の視点から、FeliCa決済やITサービス、ITSの活用が必要であると書いてきた。タクシー会社の幹部とお話しする機会も多くあり、その中には前向きな姿勢で、業界の体質改善や健全な競争が必要と話す人がいたことは事実だ。
しかし、タクシー業界全体を見渡せば、そこに閉鎖的な印象を受けたのは確かである。ビジネスモデルやサービスの競争で切磋琢磨することなく、横並び意識や足の引っ張り合いが横行する。悪しき伝統“ニッポンのギョーカイ”の姿である。
例えば、地方のある前向きなタクシー会社では、タクシー乗車の利用率・リピート率の向上と、顧客満足度を高くするために、電子マネーとポイントサービスを導入しようとした。しかし、即座にその地区の同業他社から猛反発を受けたという。
「電子マネーやポイントシステム導入は導入コストがかかる、実質的な値下げで競争力がないタクシー会社が不利になる、と反対されました。その話を出したときは、抜け駆けは許さない、断固阻止する、といった感じで反発されましたね(苦笑) 我が社としては、少しでもタクシーを使いやすくし、お客様に乗っていただきたいという考えだったのですが。この業界は『お客様』より『業界の横並び』が優先なんですよ。料金も認可制なので、サービスプランや料金プラン競争もしにくい」(タクシー会社幹部)
タクシー業界のビジネスモデルに課題を感じているのは、筆者だけでない。先日、あるネットサービス企業の社長と話をする機会があったのだが、彼はタクシー業界主催のセミナーに講師として招聘され、そのビジネスモデルや業界構造が硬直しきっていることに驚いたという。
「タクシーにもGPS車両管理システムやデジタルMCAなど、ITインフラが導入されてきている。しかしそれらを活用し、ネットや携帯電話と連携して、新たなサービスやビジネスモデルを作るという発想に乏しい。競争や改善ができる余地はたくさんあるはずなのに」(ネットサービス企業社長)
今年、東京地区をしんがりに多くの地域でタクシー料金が値上がりすることになったが、それでタクシー業界や運転手は救われるのだろうか。筆者はそうは思わない。むしろ、消費者の“タクシー離れ”が進み、乗車率が今より下がり、中長期的に見ればマイナス影響の方が多いだろう。
では、料金自由化をして価格競争を促すべきなのか。これも筆者の考えはノーである。単純な価格競争で安さだけを争点にすれば、タクシー会社と運転手はますます疲弊し、サービス品質の低下は道路の安全すら脅かす可能性がある。
筆者が今のタクシー業界に必要だと思うのは、柔軟なサービスや料金プランを実現し、様々な新ビジネスを生み出す“土壌”だ。そこではITインフラの活用、ネットやケータイとの連携も重要になるだろう。
例えば、私立校や塾に通う子どもの親を中心に「子どもの安全な移動」ニーズが高くなっている。利用しやすい料金プランの“子ども用送迎タクシー”のサービスには、富裕層や共稼ぎ世帯を中心に需要があるだろう。タクシー会社にとっても、月決め定額制で日常利用を前提にした送迎サービスは、タクシー稼働率の安定化に貢献する。さらに子どもの送迎サービスなら、タクシーのGPS情報を使って子どもの移動状況を親のケータイに知らせるなど、付加価値も付けやすい。
子どもの送迎タクシーは、サービスや料金プランの設定次第で今後の成長が見込める。しかし、現時点で子ども向けサービスを用意しているのは、福井県の高志タクシーや兵庫県の近畿タクシーなど、一部の事業者のみである。
他にも、サービスや料金の設定自由度が増せば、日中のオフピークタイムのみの利用に限定して割安な料金で使える「シルバー層向けタクシープラン」なども作れるだろう。今でも介護タクシーなどはあるが、それよりももっとライトな感覚で利用できて、お年寄りの“日常的な移動に使えるタクシー”である。今後は高齢者ドライバーの事故が社会問題化し、免許制度の見直しや返納の議論も出てくることが予想されるので、こうした「高齢者の移動」をターゲットにした利用しやすいサービスには大きな潜在需要があるだろう。
タクシー業界全体が置かれた経済環境が厳しく、値上げをしたいという考えはよく分かる。筆者も、品質を犠牲にした安易な価格競争が正しいとは思わない。だが、「値上げ」はやはり最終手段である。タクシーには、ビジネスモデルやサービスで改善すべき場所や競争できる領域が多く残されていると思う。稼働率とリピート率の向上、顧客の満足度向上と囲い込み、ブランディングなどで、タクシー会社は“尽くすべき手は尽くした”と言えるのだろうか。
ビジネスモデルとサービスで競争し、時代にあわせて変えていかない業界に明日はない。そして、行政や監督官庁がすべき仕事は「適正な価格と品質で、ビジネスモデルやサービス競争が起きる土壌を整備すること」である。
タクシー業界の明日にとって必要なことは、本当に“単なる値上げ”なのだろうか。業界関係者はいま一度、それを考えるべきだろう。
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