著者プロフィール:藤田正美
「ニューズウィーク日本版」元編集長。東京大学経済学部卒業後、「週刊東洋経済」の記者・編集者として14年間の経験を積む。1985年に「よりグローバルな視点」を求めて「ニューズウィーク日本版」創刊プロジェクトに参加。1994年〜2000年に同誌編集長、2001年〜2004年3月に同誌編集主幹を勤める。2004年4月からはフリーランスとして、インターネットを中心にコラムを執筆するほか、テレビにコメンテーターとして出演。ブログ「藤田正美の世の中まるごと“Observer”」
1月22日、FRB(米連邦準備理事会)のバーナンキ議長は、0.75%ポイントという大幅な利下げを発表した。これでFF(フェデラル・ファンド)金利は3.5%になった。金利引き下げは早晩予定されていたが、1月29、30日とFOMC(米連邦公開市場委員会)が開かれることになっており、そこで引き下げが発表されると見られていた。バーナンキ議長は、8日前倒しすることによって、歯止めがかからなくなっていた世界各国の株価下落に「ショック」を与えようとしたのだろう。市場の後手後手に回っているとも批判されていただけに、「先取り」する狙いもあったのかもしれない。
今のところバーナンキ議長の賭けはそれなりの効果もあったように見える。先週(1月21〜1月25日)のニューヨークのダウ工業株30種平均は、週末には反落して引けたとはいえ、発表後2日間で400ドル以上も上げた。
ブッシュ政権は18日、総額1500億ドル(約16兆円)の景気対策を発表。これに「相乗り」して効果をあげようとするバーナンキ議長の意図は分かるが、必ずしもその政策に対する評価はよくないようだ。
まずはこの定例会合ではない緊急会合による利下げは2001年9月17日以来のことであること、そして0.75%という大幅な金利引き下げは1982年8月以来だ。さらに1月30日の定例会合で利下げする可能性も示唆したため、いわば金利の“大バーゲン”。もしこの利下げで株価の低落傾向に歯止めがかからなかったら、それこそ超低金利の泥沼に足を突っ込みかねないのだ。
ちょうどタイミングを同じくしてスイスのダボスでは、「世界経済フォーラム年次総会」が開かれていた。ダボスに集まっていた有力者たちが、FRBの動きをどう評価したかフィナンシャル・タイムズ紙(1月23日付け)が書いている。いくつか紹介しよう。
ダボス会議のあるセッションでは、参加者の約6割がFRBの利下げを支持したが、同時に各国の中央銀行は経済のガバナンスに関してフォーカスもコントロールも失っていると批判的だったという。さらに企業経営者は、世界経済にとっての大きなリスクとして、経済の舵取りを誤ることを挙げた。
自分のヘッジファンドを率いるジョージ・ソロスはFRBに批判的だ。「パニックに陥っているようなやり方だ。(まだ表面化していない)隠された問題があると恐れているところに、モノライン(金融保証業務を行う会社)の問題が出てきた。MMF※(マネー・マーケット・ファンド)にも問題がありそうだということになっている」
もちろん好意的な意見もある。例えばジョージ・スノー元米財務長官、アンヘル・グリアOECD事務総長などが支持したという。
しかし好意的な意見は少数派だ。ノーベル経済学賞受賞者であるコロンビア大学のエドムンド・フェルプス教授は、「民間部門の問題を解決するために必要な試練を回避しようとする試みには懐疑的だ」と語った。さらに「戻し税と金利引き下げでバンキング・セクターの弱さから生じた構造的な力と闘うとか、元に戻すことができるかのような政治家の言い方には懸念を覚える」
タイミングが悪いという批判も多い。モルガンスタンレーのスティーブン・ローチは、「1週間もすれば定例会合があるのに、前倒しで発表して何か違いがあるのか」と言う。
最も懸念されるのは、この金利引き下げで十分なのかどうかだ。ノーベル経済学賞の受賞者であるコロンビア大学のジョー・スティグリッツ教授は、FRBの行動はもはや「遅すぎるし、ひもの一部を押すようなもので効果はない」という。「米国の住宅市場や金融市場から生じた構造的な圧力が経済の収縮をもたらす可能性が高い」
バーナンキ議長は今や「四面楚歌」なのかもしれない。ただFRBが失敗して米国経済がマイナス成長になれば、その影響は全世界に及ぶ。不況に陥ったら金利を引き下げる余裕もない日銀が、祈るような気持ちで米国経済の成り行きを見守っているに違いない。
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