“消えた原発記録”、訴訟が情報開示で果たす役割とは(3/3 ページ)

» 2012年02月07日 13時16分 公開
[堀内彰宏Business Media 誠]
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最悪シナリオを記した文書の意義とは

――恐らく2月9日に重要な判断が下されるという話がありましたが、それはどういう内容を予見していますか。

江藤 2月9日には、東京都民である私が福島原発事故で重大な被害を受けたかどうかについて、裁判所が判断を下します。もし「私が被害を受けていない」と裁判所が判断したら、判決言い渡しの日程が指示されます。逆に、もし「私が重大な被害を受ける危険性がある」と裁判所が判断したら、裁判長から被告(国)に「原発の安全性について説明するように」という指示がされます。

――なぜ福島に住んでいる人と一緒に訴えないのでしょうか?

江藤 私が東京に住んでいるということは、私の弱点でもありますが、国の原子力政策を左右する上では非常に大きなポイントになります。なぜなら、もし「東京都まで福島原発の事故の被害が広がる」という認定が裁判所によってなされたなら、その被害のコストは膨大です。すると、これは原子力発電を日本で継続することが、安全性とそこから得られる便益に照らして合理性がないということになります。なので私はあえて「東京都が福島原発で被害を受けるかどうか」を争点にすえたのです。

 そしてもう1点において、私はこの戦術は正しかったと思っています。被害を受けたことが明らかな福島にいた原告を加えずに、東京への被害の有無を争点にすえたことで、「最大限の事故が起きた場合にどれほど私たちが被害を受けるのか」が争点となりました。その争点の解明のために、この闇に葬られかかった文書が私たちの手に入ったのです。これがもし個人の所有物でしたら、捨てても何をしても自由ということになるので、消えていた可能性があります。

――毎日新聞は文書をどのように入手したのでしょうか。また、江藤さんとどちらが先に入手したのでしょうか?

江藤 どちらが先に入手したかというと毎日新聞です。12月24日の報道を読むと「複数の政府当局者が毎日新聞に情報を提供した」と書かれています。この文書は細野さんが回収して、ごく少数の政治家しか存在自体を知らなかったはずなので、あまり大きなニュースにならないようにクリスマスイブの毎日新聞の夕刊に出るようなタイミングで恐らくその方々がリークしたのだと思います。

 これは私が政府内部の人間だったとしてもまったく同じようなことをしているはずです。なぜならこれが一番合理的ですから。付け加えると、この文書の存在は相当大きなニュースのはずなのですが、毎日新聞は紙面の片隅でしか扱わなかったんですね。毎日新聞はなぜこんなに大事なニュースを小さく扱ったのか、ジャーナリズムの一端を担う新聞社として説明されたらいいと思います。

――文書の意義について教えてください。

江藤 私が裁判所に文書提出命令申立てをした文書と、11月15日の東京地方裁判所で開かれた裁判の記録の2つを合わせて読むと、「国が最悪の事態についてのシミュレーションを提出するデッドラインが2012年1月31日までだった」と分かります。

 また、先ほどの話では触れなかったのですが、放射能で汚染された食品について、2つの文書があります。1枚はソビエト連邦のチェルノブイリ原子力発電所事故での食品中の放射能に関する検討会の座長と、厚生省の課長の手で作った文書です。「日本人の食品摂取量、輸入食品の割合、並びに日本における事故による推定被ばく量などから勘案し、放射能汚染度が食品1キロ当たり370ベクレル以下であればICRP勧告の線量限度を十分下回るとの結論に達した」とこの1枚では言っています。

 この文書の持つ意味は、日本は例えば現在の主食であるコメについて1キロ当たり500ベクレル(以上を出荷停止)というのを(福島原発)事故後の基準にすえたので、政府は国民の健康の保護より農産業の保護を優先したことが推認されるということです。

 もう1枚の文書はチェルノブイリ事故後の放射能汚染輸入食品の検査体制に関するもので、1986年11月1日に作られたものです。これによると、対象の食品について輸入届け出件数の10%から5検体を任意に採取して、食品1キロ当たり370ベクレルを超えるものは輸入を認めないとなっています。

 こちらの文書の持つ意味は、政府の事故後の食品検査のサンプリング体制が事故前よりなぜか劣化したものになったということです。これはわざとやっているのか、それとも何か混乱していたのか知りませんが、不十分なサンプリング体制を示すものです。じゃあ一体何で事故前よりも事故後の方が検査がずさんになったんだ、という当然の疑問が浮かぶわけです。

――文書で判明した事実というのは、ご自身の裁判でどのように重要なのでしょうか。また、文書ではワーストケースのシミュレーションを示していますが、政府はそのシミュレーションが現実に必ずしも当てはまっていないという見方だと思うのですが、その点についてはどうご覧になるのでしょうか。

江藤 この文書が裁判で重要な点は、最悪の場合、200キロ以上離れた地点でも人が避難しなければならないようになるので私が受ける被害は重大である、東京都は重大な被害を受けるということです。そうなると、私は法律上の権利を侵害されるので、当然訴える資格があるということになります。

 また、政府の最近の説明とワーストケースのシナリオは一致してないんじゃないかとおっしゃられましたが、詳細は省きますが、場合によっては例えば非常に大きな余震が生じたり、再び同じ場所に津波が来たりしたら、ワーストケースのシナリオと同じ事態が生じる可能性があります。さらにまたこれも詳細は省きますが、これは本当のワーストケースではありません。いろいろな条件が整えば、もっとひどい被害を日本の国土が受ける可能性があります。

――文書では強制移転が想定される範囲と任意移転が想定される範囲が書かれていると思うのですが、東京が任意移転の範囲だったとしても、憲法上の権利が害されるとお考えですか※。

※最悪シナリオを記した文書の12ページ(www.asahi-net.or.jp/~pn8r-fjsk/saiakusinario.pdf#page=12)では、福島原発から170キロ以内は強制移転、250キロ以内は任意移転になる可能性を示唆している。

江藤 憲法上の当然の前提として、健康被害から守られる権利というのは私はあると思います。任意移転のエリアでもある程度被ばくするということなので、それだけ健康リスクが増すということで一種の権利侵害であると私は考えています。

 さらに申し上げると、「裁判で私が訴える資格がある」と言うためには「憲法上の権利が侵害されている」とまでは言う必要はありません。単に法律が守ろうとしている権利が侵害されているというだけです。

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