インタビュー
» 2013年09月11日 07時15分 公開

宋文州氏が語る、日本人が「多様性」を受け入れられないワケ仕事をしたら“やっぱりヘンな日本人”がいた(前編)(3/5 ページ)

[土肥義則,Business Media 誠]

日本人学校の教育のあり方に問題

土肥:北京にある日本人学校の入学条件は、まず日本人国籍でなければいけない。また日本国籍であっても、日本語のレベルが低ければダメ。2つのハードルがあるわけですね。

宋:そこから何が分かるかというと、日本の教育というのは「入学したときから生徒のレベルは同じでなければいけない。そして教育する側も、同じように教える」が基本なんですよ。なので、ものすごく頭が良い人間でもダメだし、ものすごく頭が悪い人間もダメ。

 私は、誰でも受け入れる学校がいい、誰でも受け入れない学校がダメ――といった話をしているのではありません。これからは海外で働くことが当たり前の社会になるというのに、子供のころから「多様性」を学ばせようとしない、日本人学校の教育のあり方に問題があると思うんですよ。

土肥:宋さんは先ほど、こう話されました。日本の教育は「ものすごく頭が良い人間でもダメだし、ものすごく頭が悪い人間もダメ」だと。「多様性」といえば、さまざまな価値観を受け入れなさいということですが、それは「格差」も受け入れなさいということになるのですか?

宋:そのとおりです。日本で格差といえば「お金」を意味することが多いですよね。お金を持っていれば「勝ち組」、お金を持っていなければ「負け組」といった感じで。でも海外で格差といえば「いろいろな分野がある」ことなんですよ。

 例えば「理科がダメでも、社会が得意」であれば、それでいい。日本のように基準をひとつに絞ってしまうと、どうしても落第生が増えてしまう。また、基準がひとつしかないと、人間としての“免疫力”が弱くなくなってしまいますよ。なぜならその人にとって、基準がひとつしかないから。自分が得意とするものを見つけて、その分野のチカラをつけていけばいい。そのほうが強い人間に育つのではないでしょうか。

「多様性」とはさまざまな価値観を受け入れるということ。それは「格差」も受け入れなければいけない(写真はイメージです)

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