「ARROWS X F-10D」 Tegra 3搭載機の“中身”を分解して知る:バラして見ずにはいられない(2/2 ページ)
富士通がクアッドコアプロセッサー「Tegra 3」をスマートフォンに搭載したことで話題になった「ARROWS X F-10D」。このスマートフォンは、現在主流のQualcomm製チップを利用する製品とは異なるプラットフォームとなっており興味深い。
脱Qualcomm
携帯電話やスマートフォンは1000を超える数の部品で成り立っている。その中で目に見えるほど大きなチップは数えるほどしかなく、通信、ベースバンド処理、アプリケーション処理、電源管理など、主要な部分をQualcomm製品が占める端末が多い。最近は音源を再生する際に使用するオーディオコーデックや、無線LANにも同社の製品を見かけるようになった。
Qualcommが存在感を示す中で、同社のチップを全く使用しない端末は、Qualcomm以外のモバイル機器用チップのバリエーションを知る上で非常に有効といえよう。前述のNVIDIA製アプリケーションプロセッサ、富士通製のRFトランシーバに加え、どのような製品が採用されているのだろうか。
通信用プロセッサーであるベースバンドプロセッサーには、ルネサスエレクトロニクスの「R8J」シリーズを採用している。ルネサスエレクトロニクスのモバイル向けICといえばアプリケーションプロセッサ「SH-Mobile」シリーズが有名で、かつては国産ケータイのほとんどの機種に採用されていた。現在でもカーナビゲーションシステムやフィーチャーフォンなどに、広く採用されている。
電源管理ICにはリコー製の「RD5T7317」とTexas Instruments製の「TPS80032」が採用されている。システム用と通信用で役割分担していると推定される。
無線LAN(Wi-Fi)とBluetoothの各機能は、1チップで実現するタイプが多くなっている。本機ではTexas Instrumentsの「WL1283」を採用している。このICの優れたところは、無線LANとBluetoothに加え、GPSにも対応している点だ。前世代のWL127xシリーズではGPSには対応しておらず、2012年に入ってオールインワンタイプが登場した。
カメラの画像処理エンジンは、富士通の画像処理チップ「Milbeaut(ミルビュー)」を搭載していた。ちなみに富士通のMilbeautは高機能カメラを搭載した多くの端末に搭載されており、この分野の世界シェアは高い。
独自性の高いアンプ、ワンセグ
通信部には、信号増幅用のアンプが配置されている。Avago TechnologiesやSkyworksの製品が多い中で、F-10Dでは村田製作所の製品が採用されていると思われる。村田製作所は2012年3月、ルネサスエレクトロニクスのパワーアンプ事業を買収し、高周波部品を中心にiPhoneや世界のさまざまな通信端末で使用されている。
日本独自の機能であるワンセグ受信チップは、パナソニックの「NM325FBC」だ。この分野でも多くのメーカーが部品を生産しており、NEC、東芝、富士通などが知られている。
2004年に日本でサービスが始まったおサイフケータイは、今ではそれが搭載されている事を端末選びの条件とする人が多くいるほど広く普及している。F-10Dは、FeliCaチップとしてルネサスエレクトロニクスのICが搭載されている。
おサイフケータイの次世代規格として海外でも注目を集めているのNFC (Near Field Communication)は、電子マネーのやりとりだけでなく、赤外線通信のように、名刺交換や写真などのデータのやりとりを端末間で行う事ができるのが特徴で、徐々に搭載機も増えてきている。日本ではFeliCaの機能とNFCの機能を併せ持つ端末が増えている。
NVIDIA Tegra 3はやっぱり熱かった
以前、本連載で「新しいiPad」をご紹介したが、新しいiPadのCPU(クアッドコアではない)は、放熱のため、現在では一般的となっているDRAMのPoP (Package on Package) 実装を行わず、金属の放熱板を上に乗せたCPUを単体で基板上に配置し、DRAMは基板の裏側に実装していた。本機も同様の実装となっている。やはりクアッドコアのTegra 3はかなりの熱を発するようだ。
NVIDIAのTegra 2も初期の製品(海外タブレット端末「Notion Ink Adam」などに搭載)は、同様に金属の放熱板を上に乗せたCPUを単体で配置していたが、その後のTegra 2では熱問題を解決したらしく、LG Electronicsの海外モデル「Optimus 2X」ではTegra 2プロセッサに金属板がなくなり、DRAMのPoP実装を実現していた。
Tegra 3も、今後の端末では熱問題をクリアし、PoP実装が可能になるかもしれない。特にスマートフォンは基板の面積を小さくして大きなバッテリーを搭載する傾向が強まっており、PoP実装によってDRAMの面積に相当するエリアが節約できれば、それだけ基板の小型化に貢献するだろう。さらにPoP実装によってDRAMとCPUの物理的な配線が短くなれば消費電力も減り、バッテリーの稼動時間も延びる。
センサーを束ねるエンジン
F-10Dは、ユーザーがAndroidスマートフォンを快適に使えるよう、使い勝手を向上させるためのさまざまな機能を集約した「ヒューマンセントリックエンジン」を搭載している。端末に搭載されたセンサーやマイクを通して入ってくる情報を分析し、操作時のストレスを軽減したり、より便利に使えたりする機能向上を実現している。富士通のWebサイトによると、音声の調節、画面の調節、タッチパネルを操作した時のバイブレーション応答の高度化などが特徴だ。これらの制御を担当するのは、この機能の英文の頭文字「HCE」と刻印されたチップだ。この種の機能を搭載するグローバルモデルはまだ少なく、画一的な高性能化が進むスマートフォンの中にあって、日本の技術が世界の中でも進んでいる点といえるだろう。
センサーを束ねて操作性の向上を図る場合、すべての処理をCPUに行わせるよりも、あえて別のICを設けたほうが効率的という例が、今回分解したF-10Dなのかもしれない。ヒューマンセントリックエンジンは、かつてソフトウェアで実行していた機能をチップ化し、消費電力を大幅に低減したという。らくらくホンは年齢的にちょっと……という筆者のような若輩者であっても、これなら自然に手が伸びると思う。
著者プロフィール:柏尾南壮(かしお みなたけ)
タイ生まれのタイ育ちで自称「Made in Thailand」。1994年10月、フォーマルハウト・テクノ・ソリューションズを設立し、法人格は有していないが、フリーならではのフットワークの軽さで文系から理工系まで広い範囲の業務をこなす。顧客の多くは海外企業である。文系の代表作は1999年までに制作された劇場版「ルパン三世」各作品の英訳。iPhone 4の中身を解説した「iPhoneのすごい中身」も好評発売中。主力の理工系では、携帯電話機の分解調査や分析、移動体通信を利用したビジネスモデルの研究に携わる。通称「Sniper Patent」JP4729666の発明者。
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