小寺信良
開発者に聞くN・U・D・Eシリーズ最高峰「MDR-EX90SL」(4/4 ページ)
衝撃のバイオセルロースの秘密
余談であるが、過去イヤフォンの振動板でもっともユニークだったのは、バイオセルロースを採用した「MDR-E888」であろう。他のメーカーが追従することもなく、ソニーのイヤフォンの中でもかなり特異なポジションにある。
かく言う筆者もこれが出て間もなく購入した。だが使い始めた当初はやはり高域がキツく、あまり好みの音ではないということでしばらくお蔵入りとなっていたのだが、近年引っ張り出して聴いてみると、非常にいいバランスで鳴るようになっていた。
せっかく設計者にお会いできたことだし、この件もうかがってみた。
「私どものヘッドフォンの振動板のマテリアルの中では、セルロースが一番エージングの影響を受けると思います。E888は94年ぐらいに大変苦労して設計しまして、発売も3カ月ぐらい遅らせて、怒られた記憶がありますね」(角田氏)
ところでそのバイオセルロースというのは、いったいどういう素材なのだろうか。
「基本的には植物性の繊維なんですけど、直感的に一番近いのがナタデココです。それぞれの違いは何かというと、エサが違うとかのレベル。エサが違うと出てくるものも違うみたいで」(角田氏)
ナタデココの製造法はあまり一般には知られていないが、調べてみるとココナッツミルクをアセトバクター・キシリナムという酢酸菌を使って発酵させたものだそうである。確かにナタデココブームは1992~1993年のことであり、新素材としても注目されていたことだろう。
すると筆者は約10年間、ナタデココを耳の穴に突っ込んで一喜一憂していたことになりますがそれはどうなの。
「当時ちゃんと責任もって、バイオセルロース食べました」(角田氏)
――食べたんですか。
「食べました。私にはナタデココとの差はよくわからなかったですね。確かに食感はよく似てます。ちょっと硬いですけど」(角田氏)
耳型取ったり振動板食べたり、ヘッドフォン設計者というのもいろいろ大変な職業である。
80年代前半に音楽CDの登場によって、オーディオの世界にデジタルの波が訪れて以降、オーディオ装置は高域特性の表現に執着するようになった。アナログオーディオでは、高域の特性が劣化しやすい。その問題点がクリアされたデジタルオーディオでは、まるで飢えたように高域を強調するようになった。
特に一時期ソニーのヘッドフォンは、高域の伸びにこだわるあまり、筆者にとってはうるさく感じていた。だがオーディオシーンはMP3の登場、ダウンロートサービスの台頭により、音質よりもハンドリングが重視されるようになった。
この点で日本は、大きく乗り遅れてしまった。だがその半面、ようやく「デジタルらしいの音」の呪縛から解き放たれ、また再生機の質の低下を憂い、本質的なところへ目覚めようとしている。
先に発売されたHi-MD「MZ-RH1」も、率直にデジタルアンプの特性を見直して、低域表現力の良さを前面に出した音作りが印象的であった。単に低域がデカいのではない。例えばバスドラがベチャッとしているのか、ドスッとしているのか、あるいはストッと鳴っているのか。どのようにスタジオで音作りがなされいたのかまで、きちんと表現できる。
EX90とRH1を併せて聴くと、これからのソニーの音が聴こえてくる。そして日本のオーディオメーカーが、再び世界に対して音質で問う時代が来ようとしているのかもしれない。
小寺信良氏は映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。
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