YouTubeやニコニコ動画など動画投稿サイトが一般化し、音楽・動画をネットに公開する無名・匿名の人々の存在感が増してきた。彼らの作品――いわゆるUGC(User Generated Content)の数や質を、エンターテインメント産業も無視できない状況になりつつある。
その一方で、クリエイターとエンターテインメント産業、作品を楽しむユーザーは三者三様に異なる価値観を持っており、軋轢(あつれき)が生じることも少なくない。例えば楽曲「みくみくにしてあげる♪【してやんよ】」の日本音楽著作権協会(JASRAC)信託をめぐって昨年末に起きたトラブル*1は、プロを前提に作られた既存の制度とUGCとの矛盾を浮き彫りにした。
UGCのクリエイターが幸せに創り続けるにはどうすればいいか、彼らがお金をもうけてはいけないのか、「才能の無駄遣い」は本当に無駄なのか、エンターテインメント産業は、ネットユーザーやUGC作家たちとどう接するべきか――ネットの事情をよく知る3人と、音楽業界を知る計4人で議論した。
参加したのは、IT・音楽ジャーナリストの津田大介さんと、弁理士で、初音ミク作品をニコニコ動画に投稿している栗原潔さん、みずほ情報総研コンサルタントで、週100本はニコニコ動画の映像を見るという吉川日出行さん、音楽アーティストをマネジメントするソニー・ミュージックアーティスツの企画戦略部の太田敬一郎さんだ。
――いわゆる「みくみく事件」について、みなさんのご意見をお聞かせください。
太田 この件についてはリアルタイムで知らなくて、あとからITmediaの過去記事などを読んで知ったという感じなんですが、確かに口約束でやってしまう部分*2というのは、すごく音楽業界には多いと思うんですよ。その辺から生じた誤解は相当あったんだろうなと……。プロの現場でも「なぁなぁ」で話が進んでいったりとか、契約書もちゃんと出来ていないまま話が進んでいってしまうことが多いので。業界の慣習というところでは、いけないことではあるよなと思いました。
栗原 口約束だけで契約しないというのは、音楽業界に限った話じゃなくて、出版業界にもありますね。
津田 出版の方がもっとひどいですよね(笑)。単行本ならまだしも、雑誌で契約書とかほとんどありえない。
栗原 日本って大抵そうですよね。仕事が始まってから値段が決まるというような話がよくあったりする。音楽に限らず、仕事をやる前から価格交渉したりするのを嫌う精神性があると思う。確かに、あんまり「契約だ契約だ、金だ金だ」というのは非常にいやらしいんですが、ある程度は、やはりそういうビジネスライクに話を進めていくのは、いろいろな領域で必要なのかな。
あとは、ドワンゴミュージックの人はたぶん、通信カラオケに使うならJASRACに登録するしかないと、普通に今までほかの仕事でやってきたのと同じことをやったのに、なぜ怒られるんだと(笑)。事件後に出された共同コメントにある「現在のシステム・ルールがネット時代に即応できていない」はまさにその通りで、JASRACに登録するというような仕組みで起きる問題点が顕在化した事件の一つだなと思いました。
津田 この騒ぎを見ていて思ったのは、JASRAC側がわりと悪者にされていたんですけれど、別にそれって本質ではないなと。JASRAC側は普通に仕事で「初音ミク」というアーティスト名で登録してくださいという依頼が来て、それをルールに従って受け付けただけですから。そもそも「初音ミク」というアーティスト名で登録しようとした側……それがドワンゴなのか、クリプトンと当初入っていた代行業者なのかは、はっきりしない部分はありますけれど、いずれにせよ登録する側の理解が間違っていたということが背景にあるのだと思います。この件だけでJASRACが叩かれるのはかわいそうだなと。
ただ一方で、先日JASRACが公正取引委員会に入られたという問題も関連しているのですが、JASRACの力ってやっぱりすごいんですよ。60年以上ずっと音楽著作権管理業務を独占してきたがゆえに、マンパワーが必要な業務はJASRACしかできない。放送とかカラオケとか、リアルなお店に行ってお金をとってくるという作業は、イーライセンスやJRC(ジャパン・ライツ・クリアランス)といった新しいところじゃできない。JASRACは数千人規模でやってますから。
そうすると著作権のうち、可能な部分はJRCとかイーライセンスに任せられるけれど、そうじゃないところはJASRACに任せなければならないということになる。結局、国の著作権法制度によってずっとJASRACが守られてきたことでJASRACが独占的支配的地位にあることは間違いなくて、それには良い面も弊害も残っていて、どちらもなかなか解消されないというのが現状ですね。
ある程度自由競争にしなければいけないし、自由競争になれば、こういう新しいネットの利用形態が出てきたときに、「うちはそういうのをどんどん柔軟に対応していきますよ」という業者が出てくる。もしかしたら、こういうトラブルも少なくなるのかもしれない。
でも変な話、新しい利用形態にどんどん対応していくインセンティブが今のJASRACにはないんですよね。今の勢力を維持するだけで十分もうかりますから。じゃ、その状況をどう解体していくのか、そもそも解体する必要があるのかというのは実際かなり大きな問題で、それを突き詰めていくと「今の音楽出版というシステムって必要なんですか」みたいなところまでいきかねない大きな話になるんじゃないかと思います。
著作権の管理は重要なんですけれど、音楽出版ってもともと「楽譜」が起源ですよね。曲の権利を版権みたいな形で守るためにできた楽譜管理業務で、いまだに僕から見たら結構大きなパーセンテージで著作権料を中抜きしていく。メジャーじゃないと成立しないようなマスプロダクトは今までみたいな右から左に動かすだけの権利ビジネスでもいいんでしょうけれど、本来は一番上流にいるアーティスト・クリエイターから見たら、その搾取的に映る構造に対して不満は募ってるでしょう。今のガチガチなシステムで本当にそれでクリエイターが幸せになっているのかというと、なかなか難しい問題ですよね。
吉川 端から見ていると、単純に太田さんが言ったように、たぶん意思疎通がうまくいっていなくて、“やってしまった”んだなと思って。まぁ、よくあることだなとは思って見てたんですけれど……。
結果として残念だなと思ったのは、やはりそれで「嫌儲」(けんちょ。人がもうける行為を嫌うこと)の話が出てしまって、あれ以降、なかなかそういう風になりにくい(初音ミク楽曲をビジネス化しにくい)雰囲気ができたのは、すごく残念だった。
*1 クリプトン・フューチャー・メディア製の楽曲製作ソフト「初音ミク」を使って製作した、「みくみくにしてあげる♪【してやんよ】」をめぐって昨年末に起きた騒動。ドワンゴ・ミュージックパブリッシング(DMP)が日本音楽著作権協会(JASRAC)に信託する際に手違いがあったほか、「ドワンゴからの着うた配信が、楽曲制作者との契約がないまま行われた」という内容の「2ちゃんねる」の書き込みが話題になり、DMPとクリプトンがそれぞれの公式ブログなどで一部食い違う主張を展開してネットで議論になった。ネットユーザーは“プロ”のやり方を貫くDMPを批判。素人のクリエイターを守る立場からコメントしていたクリプトン社長に同調していた。批判の矛先はJASRACにも向かった。最終的には双方が和解コメントを発表し、騒動は収まった。
*2 クリプトンの伊藤社長は着うた配信の契約について、DMPがクリエイターに口頭で許諾を得、契約書は後で取り交わそうとしていたと説明。「口頭の承諾で受けて『契約は後で』という『業界のルール』が、一般の方も多いクリエイターの意識とはズレがあるということを認識してもらい、今後は当社側で書面での確約が取れてから配信に移すということを守っていもらいたい」と批判していた(「初音ミク作品」契約をめぐりドワンゴ・クリプトンが説明)。
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