科学SFを生み、SFが科学者を生む。「2001年宇宙の旅」「鉄腕アトム」「スター・ウォーズ」――SFが示した未来像に衝撃を受け、科学者を志した子どもは少なくない。SF黎明期は特にその傾向が強かった。
今はどうだろうか。「科学もSFも成熟し、細分化された。科学者がSF好きとは限らないし、SFが必ずしも科学的とは限らない」とSF作家の瀬名秀明さんは言う。それが悪いわけではない。だが科学とSFが交流を深めれば、そこからまた、新しい科学者やSF作品が生まれるかもしれない。
瀬名さんはそう考え、SF作家と科学者が議論するシンポジウムを昨年9月の「日本SF大会」で企画。対話から生まれたSF作品は、バンダイビジュアルのWebサイト「トルネードベース」で、「answer songs」として無償公開中だ。
「科学やSFは、コミュニティーを超え、対話を喚起してゆく力がある。SFの原点に戻り、未来につながる企画にしたかった」
シンポジウムに参加した科学者は、人工知能の研究で知られる松原仁さん、脳の働きを研究している川人光男さんなど8人の科学者と、瀬名さんや小松左京さん、飛浩隆さんなど6人のSF作家。科学者が研究発表し、作家たちに未来を問いかけた。
「人とロボットの境界はどこにあるのか」「ヒューマノイドロボットは実用化できるのか」「科学や技術の進化は人間の生活や倫理をいかに変えてゆくのか」「コンピュータやインターネットと同じくらいの社会的影響力がある情報処理の仕組みを、SFはどう想像するか」――こんな疑問を作家たちにぶつけたのだ。
「作家はパネルディスカッションより小説のほうが表現しやすい」から、瀬名さんらは小説の形で“アンサー”を提示することにした。サイトでは現在、1作品が1日当たり200回ほど読まれているという。「文芸雑誌の発行部数が数千部程度ということを考えると、累計でかなり熱心に読まれていることになる」
無料で読めるのは、飛浩隆さんの「はるかな響き」、円城塔さんの「さかしま」、瀬名秀明さんの「鶫とひばり(ひばりは旧字体)」、堀晃さんの「笑う闇」、山田正紀さんの「火星のコッペリア」の5作品と、小松左京さんのエッセイ「宇宙と文学」。それぞれ、個別の問いに対する答えだったり、シンポジウム全体に対する1つの見方の提示だったりする。
瀬名さんの作品は、郵便飛行機の航路を確立した英雄・メルモーズと航路開発部長ドーラという歴史上の人物が登場する実話を元にしたストーリー。人とロボットの境界はどこにあるのか、人間らしさとは何かを、独自の視点で描いた。
「SFも科学も、ある種の世界の見方を提示している」と瀬名さんは言う。「こういう感じ方や見方があるんだということを示しながら、世の中の何かを変えるという側面がある。そこで提示された新たな謎が、人の心を動かし、次の科学や創作に駆り立てる」
例えば、人間にそっくりなアンドロイドを目の当たりにした時、それまで思いもよらなかった人間の特性を知ることもあるだろう。アンドロイドを描いたSFから「自分で作ってみたい」と、アンドロイド研究者を志す人もいるかもしれない。
「SF小説から誰かが何かを感じ、次のアクションにつなげてくれればいい。若い人に『俺ならこんな物語を作る』と考えてもらってもいい。そんなアクションのきっかけになるといいなと思っている」
小説とシンポジウムの様子を収録した書籍「サイエンス・イマジネーション 科学とSFの最前線、そして未来へ」(予価3000円)は、NTT出版から8月に発売する。
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