東京メトロ銀座線・末広町駅から歩いて1分。旧練成中学校を改装したアートスペース「3331 Arts Chiyoda」(千代田区外神田6-11-14)の1室に、電子工作好きが集う「はんだづけカフェ」がある。カフェといってもコーヒーや紅茶といった飲み物は出ない。代わりに、はんだごてやラジオペンチ、ニッパーやドライバーなど電子工作に必要な道具を無料で借りられるのだ。
教室をベースに作った1室の半分がはんだづけカフェだ。机といす、工具が置かれており、ユーザーは自由に電子工作を楽しめる。部屋のもう半分は運営元・スイッチサイエンスの事務所だ。ユーザーが座るいすは中学校の備品。壁には黒板が設置され、用もないのに仲間と長居してしまう居心地のいい放課後の教室を思い出す。
今年5月9日にオープンし、初心者からコアな電子工作好きまで、のべ300〜400人程度がカフェを訪れたという。ユーザー同士で教え合う場面も多く、ワークショップを開催することもある。「電子工作をキーワードに人が集まれる場所を提供して、来た人に楽しんでもらい、電子工作人口を増やしたい」(スイッチサイエンスの山田斉さん)
カフェでは、電源やネット環境も無料で借りられる。営業時間は平日が午後6時〜8時30分、土日は午後1〜6時。最も人が多いのは、土曜日だという。
カフェの基本方針は「放置プレイ」。スタッフが電子工作の作り方を積極的にユーザーに教えてまわる――といったことは基本的にはない。店を管理する店番のスタッフはアルバイトが多く、電子工作について詳しくない人もいるためだ。工作キットや部品の販売はしていないため、自分が作るものは自分で持ってくる必要がある。
とはいえ、対応できるスタッフがいる際には聞けば教えてもらえるし、「コアな電子工作ファンは、教えるのが好きな人も多い」。初めて電子工作をするお客さんに、たまたま居合わせた別のお客さんがやり方を教える――という場面を見かけることも多いようだ。
「最初のお客さんは、高校生3人組。来るなり化学の教科書を開いて宿題をやり始めたんです。電気工学の勉強ならまだ分かるんですけどね」と山田さんは笑う。カフェでは電子工作以外の作業をしてもいいという。
実際、行きつけの居酒屋のように顔見知りとの会話を求めて訪れる人もいれば、壁を走るロボットを作って動かすなど電子工作をがっつりしていく人もいる。業界紙に掲載するための論文を書いたり、カフェに置かれた雑誌を読んで帰っていく人もいるそうだ。
「電子工作に少しは興味を持ってくれているからうちのカフェが心に引っかかる。何もしなくても、来るだけでもほかの人が作っているものが見られたり、会話が生まれたりする。興味を深めてもらって、訪れた人の周りにも口コミ的に電子工作の楽しさが広がればいいな、と思っている」
とはいえルールもある。「ケガとゴミは自分持ち」「道具は大切に」「わかる人は助けてあげよう」といった簡単な5つのルールだ。初回利用時にルールが書かれた会員証にサインをする必要があり、サインをした時点でルールを守ると約束したことになる。
運営元のスイッチサイエンスは、電子工作関連の部品を輸入販売する企業だ。開発環境と基板をセットにした「Arduino」(アルデュイーノ)などを主に扱っている。同社の金本茂社長が趣味で細々と始めた個人輸入が拡大し、ビジネスになった。
はんだづけカフェを始めたのも金本社長の“電子工作熱”の影響。3Dプリンタなど、電子工作に必要な高価な機械を共有できる場所を作りたい。その思いをTwitterでつぶやいたところ、賛同を多く得たという。ちょうど同時期に、3331 Arts Chiyodaがテナント募集をスタート。オフィスとして入居し、カフェを併設した。「当初の設備は手薄なので、とりあえず『ハンダ付けカフェ』にでもしようかしらん」という金本社長のつぶやきから今の名前になったという。
同社では、人を囲い込まず、来るものは拒まないという「オープンさ」を意識しているという。同社が販売するArduinoは、ハードウェア設計情報が公開されている「オープンソースハードウェア」。カフェ運営でもオープンさを失うことなく、Ustreamで24時間配信している。「会社の色が出た取り組みだと思う」
「オープンな技術に助けられて世の中は進歩してきた。それに、メーカーのように技術を囲い込むより、オープンにしたほうが他社とも連携が取れて新しいビジネスができるようになる」
実際、Ustream配信をしていたおかげで、「かなり皆さんに助けられた」という。はんだごてメーカーの「白光」からはんだごてを4本提供してもらったこともある。
Ustreamに偶然映った同社のはんだごてを見たという白光の社員がはんだごてカフェを訪問。その時に山田さんがぽろっと言った「実はこて数が少なくて」という声を聞き、はんだごてを送ってくれたという。はんだごて以外にも、そういった話は来ているそうだ。
カフェの運営は、「正直、赤丸だし」だという。オフィスを半分に区切って提供しているため、場所代はかからないが、人件費や電気代などはかかる。しかし、「スイッチサイエンスを認知してもらうためのチャンス」でもある。
今後、ニーズのある機材の充実を目指す。現在は電子部品を基板に配置するチップマウンターやクリームはんだなどを置いているが、オシロスコープや3Dプリンター、レーザーカッターなどを導入し、本格的なツールシェアリングを目指す予定だ。
コアユーザー向けの施策と同時に初心者でも過ごしやすい環境作りにも励む。「初めてで何を作っていいのか分からない、というユーザーもいる。初心者向けキットなどを提供し、手ぶらで来た人でも楽しめるようにしたい」という。「電子工作を始めるまでの最初のハードルは高いかもしれない。その敷居を下げて、電子工作の楽しさを知ってもらうのがこのカフェの使命だと思っている」
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