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精神論で語れ、電子書籍 デジタルは人の熱意を伝えることができるのか部屋とディスプレイとわたし(3/3 ページ)

» 2012年09月24日 17時55分 公開
[堀田純司,ITmedia]
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デジタルならではの「活気」の可能性

 しかしなのですが案外、この紙とデジタルの性質の違いにこそ、電子書籍で新しい表現を切り開いていく鍵があるのかもしれません。

 電子書籍「AiR」の3号目「AiR3」の刊行記念トークイベントで著者のひとり岡田有花さんが紹介なさっていたのですが(ITmediaをお読みの方はよくご存知の“IT戦士”の岡田さんです)、「スマートフォンのようなデバイスは、それは電源を必要とする無機質な機械だけに、接続する先は人がリアルにいる場所にしたい。そういう声がある」そうです。

 「なるほどなあ」と感じたのですが、かつては、家に帰ってくると一人暮らしの人は、とりあえずテレビをつけたものでした。なにも見たい番組があるから、という訳ではなくそれで擬似的に人の存在を感じていたのだと思いますが、今では、私などは帰宅するととりあえずブラウザを立ち上げます。

 そこでまず閲覧するのはメールのチェックであったり、SNSであったり、巡回している掲示板のスレであったり、怪しげな画像まとめサイトであったりと、リアルに人がいる場所。静的なページをいきなり読みふけったりはしません。テキストが静的にアップされているページよりも、そこに人の存在感がある、あるいはまとめサイトやログのように、つい先ほどまで盛り上がっていた“跡地”に接続している時間が、実はほとんどのような気がします。インターネット上でユーザーの大規模な注目を集める事件は「祭り」と呼ばれますが、要するに日々、小さな「祭り」を追いかけているのかもしれません。

 この観点からすると現在の電子書籍は、過去の時間にたたずむ彫像のようなもので、まだまだデバイスで読むために最適化されていないのかもしれません。

 案外ネックになっているのがその更新速度で、公開する場所によっては皮肉なことに紙の印刷物より時間がかかる上に、いつ公開されるか確実に計算できない。これが意外と大きくて、書き手と読者の親密な関係をつくる上で、公開日が未定だと書き手も読者像をつかみづらいし、読者も書き手にアクセスしづらいものです。また、しばしば公開する場所も、書き手が制御できないケースもあります。

 一時期、大きなブームとなったケータイ小説の世界では、頻繁でステディな更新が、そこに書き手の息づかいと体温が感じられるような人の存在感を感じさせていました。私は前は、ケータイ小説が成立した理由について「不特定多数によるツッコミメディアという性質を持つネットと違って、ケータイはコミュニティが強固でツッコミメディアじゃないからだ」と考えていたのですが、それだけではなく、ケータイ小説投稿サイトの著者ページに漂うあのとてつもなく親密な印象も、あの分野が注目を集めることになった理由だと感じます。

 また現在の創作系デジタルコンテンツで、もっともプレイヤーが多く、コンテンツが充実しているのは、2ちゃんねるのオカルト板などで発表される「怖い話」系ではないかと思うのですが(「リゾートバイト」「昔田舎で起こった恐ろしい話」などを読んでいると1時間ぐらい簡単に経ってしまいます。結構プロの作家、それも大家もはまっているそうです)、あの分野もスレッドに話者が登場し、他者とやりとりしながら更新していくという“リアルに人がいる感じ”がうまく働いているのだと感じます(もちろん、デジタルならではの「人がいる感じ」が面白さに結びついている媒体というと、ニコニコ動画が象徴的な例ですね)。

 ゲームの世界では、かつてオンラインゲームが登場し、他者との交流という新たなプレイバリューを提供するようになりました。それとともに旧来のゲームは「オフゲ」、オンラインゲームは「オンゲ」などと区別されるようになりましたが、電子書籍にも「オンブック」という概念が出てきてもよいように思います。デジタルならではの「人の活気」を取り込むことは、この先の電子書籍の課題となる気がします。

「JコミFANディング」の試み

 漫画家の赤松健さんが運営するJコミでは、「絶版漫画を広告をつけて無料で配信し、収益を著者に還元する」というモデルを実践なさっていますが、9月14日に「JコミFANディング」という新たなビジネスモデルを発表していらっしゃいました。

photo 「JコミFANディング」

 これはデジタルの持つ性質のひとつ「所有感が薄い」という欠点を克服しようとする試みで、「少数の読者の方に、少しだけ高めのお金を払ってもらう。そして著者のそのまま還元する」というビジネスモデル。「作者直筆サイン入り葉書付き版」や未公開ページなど貴重な特典が多数用意されたデジタル作品を、人数限定で販売。しかも、各デバイスに自由にコピーできるDRMフリーで配信し、所有感も感じてもらうというスキームです。

 その最初の試みでは、がぁさん氏の「がぁさん作品×8本PDFセット」赤松健さんの「『ラブひな』パーフェクトPDFセット」の2作品が発売され、あっという間に予定販売部数を達成してしまったそうですが、こうした試みにもまた違った形の「デジタルならではの人の活気」を感じます。

 もちろんJコミの場合ビジネスモデルの視点から発想なさっているのだと思いますが、赤松さんはファン活動の盛り上がりの中にいた人。自然とその発想はファンの熱気とともあり、「善意を集めてビジネスにし、著者もファンもみんな得をする」という活動につながってくるのだと、私などは思います。そのサイト「Jコミ」は、ビジネスモデルの前に、赤松さんによる作品解説があるなど、まずなによりも楽しい。人の活気があります。実はこうした活気あるコンテンツプラットフォームはなかなかない訳で、自分も反省しなきゃというか、さすがというかと感じます。

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 さてここまで拙駄文をお読みになったありがたい読者の方に素敵な宣伝です。いつも取りとめのないコラムを書いている私(堀田)の新刊「オッサンフォー」が9月20日、講談社より発売されました。今の大人は昔の大人より大人げない。であるなら、現代に即した「ヌーベル中年像」の悪漢小説があってもいいのではないか。そんなことを考えてつくった「奈良県の山奥にレアアースが出土した。その山を買い取らないか」という、とんでもない詐欺師たちの物語です。詐欺師の話が好きな人(私だ)や、ヌーベル中年にご興味をお感じの人はぜひ。


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堀田純司 1969年大阪府生まれ、作家。著書に「僕とツンデレとハイデガー」「人とロボットの秘密」などがある。近刊は「オッサンフォー」。書き手が直接読者に届ける電子書籍「AiR」(エア)では編集係を担当。講談社とキングレコードが刊行する電子雑誌「BOX-AiR」では、新人賞審査員も務める。Twitter「@h_taj


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