ITmedia NEWS > 科学・テクノロジー >

「バベルの塔」がもう1枚!? タブーを超え実現した「クローン文化財」制作秘話(2/3 ページ)

» 2017年06月22日 08時00分 公開
[村田朱梨ITmedia]

制作はデジタル技術とアナログ技術を行ったり来たり

 制作することになったのは、バベルの塔展で展示するための拡大複製画と、研究用のクローン文化財の2種類だ。

 東京芸大の制作グループはまず、オランダでの調査を実施。NICASが持つ高精細なバベルの塔の画像データや、蛍光エックス線分析装置によって判明した材料や組成分布のデータを手に入れた。

photo 画像編集の様子

 それらを分析した結果、オリジナル作品の土台として使われていたのは厚さ1センチもないオーク材と判明。制作グループは同じような薄いオークの板を用意し、本物と同じ地塗りを施した。地塗りとは、絵を描く前に白く下塗りを施すこと。バベルの塔の下塗りは炭酸カルシウムと鉛白の2層になっていたため、その手順を再現した。

 もちろん、データだけでなく実物も細部まで調べ上げた。色味や明るさ、絵の具の成分や盛り具合、絵の側面はどうなっているのか。特に色味はディスプレイで見たものや印刷したものではどうしてもオリジナルとずれが生じるため、サンプルをオリジナルと比べては作り直し、比べては作り直し……を繰り返した。

 地塗りした板の上には、NICASが持つバベルの塔の画像データを下絵として印刷。紙やキャンバスではなく、薄い板に印刷して複製を作るのは東京芸大にとって初の試みだったという。板も紙と同じように制作過程で縮んでいくため、本物と同じ位置に印刷するために、同大が日本画の模写で培ってきたノウハウを用いた。

 印刷の次はアナログ作業。手作業で絵の具を盛り、厚みや筆致を再現していく。

 「ブリューゲルは油彩画の中では初期の画家。彼の絵の具は現代のものと異なり、粘度が低くさらりとしているため、繰り返し塗り重ねて厚みを表現していた。塗った回数で厚みが少しずつ異なるため、筆を走らせた跡を追い、慎重に再現した」(制作グループ)

photo 筆致再現作業

 分析によって成分が判明した色の一部は、当時と同じ顔料を用いたという。だが、それも一筋縄ではいかなかった。

 「組成分布調査から、空の青色にはスマルトという人工のガラス質の顔料が使われていると分かった。しかし、当時と同じ絵の具はもう市販されていない。顔料を油と練り、自分たちの手で絵の具を作った」(制作グループ)

 全て絵の具を再現することは不可能に近いが、一部ながらも本物と同じ成分を用いることで、オリジナルの質感に近づけることができたという。

 そのあとは、3D印刷と手作業を繰り返した。デジタル技術とアナログ技術を交互に活用することで本物の持つ陰影や質感に近づけ、最後の仕上げは芸術家の腕頼み。

 「ニスの光沢は3Dプリンタでは再現できない。どこにどの程度光沢があるのか、人の目で見て『本物を見た時と同じ』だと感じるように塗装を施した」と制作グループは話す。

photo ニス塗布の様子

 そうして出来上がったクローン文化財を一目見ようと、Study of BABEL展には平日も客足が絶えない。中には「同じ絵が2枚ある!」といった驚きの声もある。記者もすぐ近くで見てみたが、筆の運びや塗り重ねた色味も含め、本物と違うところを見つけるほうが難しいと感じた。

photo 真剣に見入る人も多い

 クローン文化財は展示終了後、オリジナル作品に対して行ったのと同じ分析調査をNICASが行う予定だ。「私たちのクローン文化財が本物と比べてどうか調べることを、彼らはとても楽しみにしてくれている」と制作グループは言う。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.