小学5年生で海に囲まれた地方に引っ越し、グッと釣りが身近になった。夏になると、父親とクルマで1時間強ほどの距離にある防波堤に向かう。道中でえさや氷や針などを買い、いざ釣り場へ行くと真夏の日差しが肌を焼き、サンダル焼けで足が真っ赤になる。
朝早く起きる必要があり、準備にお金や時間がかかり、現場では暑さに耐えねばならない。こう書くと苦行そのものに思えるが、そこにはゲームを超える“生の体験”があった。
海の匂いと心地よい風を感じながら、遠くへ向かって思いっきり釣り針を投げる。魚が食いつくとうきがガクンと沈み、さおを引くと力強く魚が反発してくる。うねうねと気持ち悪く動くゴカイをえさとして釣り針に付けるのも楽しい作業だった。
その防波堤では、小アジ、コノシロ、メバル、マダイ、ボラ、背びれに毒を持つハオコゼなどが釣れた。簡易的な図鑑を片手に釣った魚の種類を確認する。自分が釣った魚を刺身やから揚げにして食べると一段とおいしい。
そして個人的に大きな発見だったのは、リアルな釣りは釣れなくても楽しかったことだ。釣り針を垂らしている間は無心でうきが沈むかどうかをじっと見ていた。何も考えず、太陽の下、ただひたすらうきを眺める。
その何もしていない時間はとてもゆっくりと時が流れ、もしかしたらうきが沈むかもしれないという程よい緊張感もあった。父親は単身赴任だったため、こうしてゆっくり話せる機会を求めていたのかもしれない。
大学で上京すると、釣りに行く機会もなくなった。そして、90年代後半〜2000年代には携帯電話向けの釣りゲームがはやりだした。ドワンゴは1999年にiモード向けに「釣りバカ気分」を提供し、グリーが2007年にリリースした「釣り★スタ」もヒットした。
またリアルからゲームに逆戻りか、と思っていた所に、VRが登場した。VRなら視覚的な没入感に加え、嗅覚デバイス「VAQSO VR」を使えば海や魚の独特のニオイも再現できる。環境を整えれば、海風や太陽が照りつける様子も表現できるだろう。
面倒な準備も必要なく、海まで移動する手間もいらない。VRゴーグルを付けるとあっという間に南の島に行くことができ、手軽に釣りに臨める。
VR空間でけん玉を特訓し、現実でもうまくなった人たちがいるように、VRは現実をシミュレートするのに適している。のんびりマイペースに、何も考えずに目の前にことに集中したい――VRは、そんな釣り特有の体験を実現するのに向いていると思う。
しかし、もしVRで全く魚が釣れなくても、果たして現実のように楽しむことはできるのだろうか。Bait!は1人用だが、ソーシャル要素があるVR釣りゲームだとまた違う味わいがありそうだ。
デフォルトでゲーム内にキャラクターがいて、プレイヤーにさりげなく話しかけてくれるというギミックがあるのも良いかもしれない。そう考え、防波堤で父親とどんな会話をしていたのだろうかと思い出してみた。
「最近、学校はどうだ?」
まるでRPGに出てくる村人のようなテンプレートだった。いつかVRで父親と一緒に釣りができる日がくれば、南の島で「最近、仕事はどうだ?」なんて言われるのかもしれない。せっかく南の島に来ているので仕事の話はしないようにしたい。
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