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Netflixはなぜ「全裸監督」を作れたのか(2/4 ページ)

» 2019年08月23日 08時16分 公開
[西田宗千佳ITmedia]

「大規模ドラマ」の伝統をNetflixが拡大した

 こうしたドラマへの大規模投資は最近始まったことではない。アメリカのドラマシーンにおいて、特に2000年代以降、急速に定着したやり方でもある。

 もともとアメリカでは、有料のケーブルテレビ網への加入率が高い。そこで、「オリジナルの質のいいドラマ」で客の心をつかみ、契約を継続させる。この方法でもっとも大きく伸びたのが、アメリカのプレミアムケーブルTV局の「HBO」。「ソプラノズ」「セックス・アンド・ザ・シティ」「バンド・オブ・ブラザーズ」といった2000年代前半を代表する同社のドラマ群はそこから生まれたものであり、今も継続している。「バンド・オブ・ブラザーズ」(2001年制作)に至っては、BBCとの共同制作ではあるが、1億2000万ドル(約130億円)もかけている。

 良質なドラマは海外にも売れる。コストを投下しても、広い市場に大きく、長く売るのであれば回収は可能だ。アメリカでのドラマ制作の大型化は、そこから生まれた発想だ。

 もうお分かりだろう。Netflixのやり方も、こうした手法に倣ったものだ。

 ただ、Netflixの場合、その速度が変わる。世界190カ国に一気に同時配信できるので「世界に広く売る」という手法を、より効率良く展開できる。しかも、各国のディストリビューターという中間事業者を介さずに、だ。

 だからこそ、「世界への売り方を知っている」ハリウッド以外で制作する際にも、予算をかけていいものを作って広く売る、というやり方を徹底できる。外資だから予算があるのではなく、「世界中に売ることを前提としたビジネスモデルなので予算をかけられる」のだ。「全裸監督」はハリウッド大作ほどはお金が掛かっていない。だがそれでも「日本市場で流す」ことだけを軸に考えて作るテレビドラマよりははるかに予算をかけられる。そこが本質だ。

photo 「全裸監督」は英語、中国語、韓国語、ポルトガル語の吹き替えで全世界に向けて放映されている

 逆に言えば、配信事業者であっても、「世界に広く日本のコンテンツを売る」考え方をもっていなければ、「全裸監督」のようなドラマは生まれない。同じ外資系でも、Amazonは「ローカルでうけるコンテンツはローカルで調達する方が成功する」という発想が強く、一部のメジャー作品を除き、ハリウッドスタイルの大予算制作はしない。他の国内事業者は、基本的に国内向けなので、予算規模も日本のテレビドラマに近いものになる。

 もちろん、予算をかけたからといって、日本のドラマが世界でヒットするとは限らない。Netflixのやっていることはある種のバクチだ。だが、そういう賭け方をしないと大きなヒットが見込めないのが、コンテンツビジネスの本質でもある。

 なお、余談だが、「Netflixはアニメに、一般的な制作費の数倍をかけている」と言われることがある。

 だが、これは正確ではない。一般的に、Netflix「でも配信する」という形で調達される作品の場合、Netflixが何倍ものお金を払っているわけではなく、多くの場合、制作費も一般的なテレビアニメとたいした違いはない。「Netflix企画・制作」の場合であっても、多少予算の融通は効くが、いきなり全てのNetflix配信アニメに、何倍もの予算が落ちてきているわけではない。

 アニメの場合、Netflixがまとめてお金を払ってくれるという効果が大きく、「Netflixの配信向け調達によって、アニメ制作会社の収益が安定する」というのが正確なところで、日本のアニメをNetflixが救う、というような言い方は単純すぎる。「海外への販路が増えてビジネスの安定度が増した」一方で、海外販路の拡大を見越した制作本数の拡大が、逆に、アニメ制作現場に負担を強いている。

 ドラマも同じで、「全裸監督」のようにコストと時間をかけた作品もあれば、調達作業に近く、コストがかかっていないものもある。Netflixのオリジナルドラマも予算がいろいろあるように、アニメも予算がいろいろある。要はそういうことなのだ。

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