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AIは民主主義をアップデートするのか? 統治とテクノロジーの関係よくわかる人工知能の基礎知識(1/5 ページ)

» 2020年01月10日 07時00分 公開
[小林啓倫ITmedia]

 本連載ではさまざまな分野のAI活用事例を紹介しているが、今回は統治機構、つまり司法・行政・立法機関や、それに関係する各種組織・団体の取り組みについて整理してみた。

連載:よくわかる人工知能の基礎知識

いまや毎日のようにAI(人工知能)の話題が飛び交っている。しかし、どれほどの人がAIについて正しく理解し、他人に説明できるほどの知識を持っているだろうか。本連載では「AIとは何か」といった根本的な問いから最新のAI活用事例まで、主にビジネスパーソン向けに“いまさら聞けないAIに関する話”を解説していく。

(編集:村上万純)

統治とテクノロジーの関係

 私たちにとって身近な“統治”の例としては、「市役所で住民票を発行してもらう」「選挙で一票を投じる」「駐車違反で罰金を支払う」などが挙げられるだろう。こうした場面における手続きは非常にローテクで、AIのような技術が使われているようには感じられない。

 しかし統治がどうあるべきかというテーマは、社会を構成する人々全員に関係する根本的な問題で、これまで何度も新しい概念によるアップデートが行われてきた。「成人した男女が平等に選挙権を持ち、自らの代表者を選ぶ」という現代では当たり前の仕組みも、日本では1946年の公職選挙法によって初めて導入されたものだ。このように、統治のあり方は絶えず変化している。

 もう100歳近い高齢でありながら、米国の国立公園で自然保護活動をしているベティ・リード・ソスキンさんは、「どんな世代の人々であろうと、自分たちの時代が来た時には、民主主義を再構築しなければならない。民主主義は決して固まらないものだからだ」と指摘している。彼女の言葉に従えば、私たちはAIの力で民主主義を再構築する世代になるのだろう。

 一方で民主主義以外の国家、特に中国やロシアといった権威主義的な国々でも、テクノロジーによる統治のアップデートが進められている。中国の監視カメラ・ネットワーク「天網」が有名な例だろう。以前にも本連載で触れたが、これは監視カメラで捉えた映像をAIで解析し、犯罪者や犯罪行為を摘発するという仕組みだ。中国国内には、既にこうしたネットワーク型のカメラが2000万台以上設置されていると推定されている。

 こうした状況に対して、神経科学者のニコラス・ライトさんが面白い指摘をしている。彼によれば、「20世紀の多くがリベラルな民主主義、ファシズム、共産主義という社会システム間の競争によって定義されたように、21世紀はリベラルな民主主義とデジタル権威主義間の構想によってまさに規定されようとしている」というのだ。

 ライトの言う「デジタル権威主義」は、独裁制といった従来の権威主義を、AIをはじめとしたデジタル技術で補強しようとする動きを指す。まさに「天網」のようなシステムによって、政府は市民を詳細に監視・統制することが可能になり、非民主的な体制がリベラルな民主主義に対抗する、あるいはそれを上回るようになるだろうというのが彼の主張だ。

 AIによる民主主義のアップデートとデジタル権威主義、どちらが世界で主流になるのかはまだ分からないが、どちらの陣営にもさまざまなAI活用例が生まれている。この記事ではその例について、(1)代替、(2)効率化、(3)把握、(4)予測――という4つのレベルで整理してみたい。上のレベルになればなるほど、より高度で、人間だけでは難しかった作業が実現できるようになる。また、上のレベルは下のレベルの性質をある程度まで内包している。

統治機構におけるAI活用の整理
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