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YouTubeは分断を促すのか動画の世紀(1/2 ページ)

» 2020年01月31日 14時37分 公開
[小林啓倫ITmedia]

 スペインのバルセロナで、1月に「ACM FAT」というカンファレンスが開催されました。ACMはAssociation for Computing Machineryの略で、コンピュータ科学に関する国際的な学会です。FATはFairness、Accountability、Transparencyの略で、文字通り「公平性、説明責任、透明性」を意味します。これだけでも会議のテーマが分かるかもしれませんが、公式サイトによれば、ACM FATは「コンピュータサイエンス、法学、社会科学、人文科学のさまざまな分野の学者が一堂に会して、この新しい分野の問題を調査し、解決策を探るための学際的な会議」と説明されています。

YouTubeと過激化の関係性

 このカンファレンスで、YouTubeに関する興味深い調査成果の発表がありました。調査を行ったのは、スイス連邦工学大学ローザンヌ校とブラジルのミナス・ジェライス連邦大学の研究者たちで、発表のタイトルは“Auditing Radicalization Pathways on YouTube”。直訳すれば「YouTube上での過激化の経路に関する監査」という意味になります。

 要約によれば「YouTubeにはユーザーを過激思想へと導くパイプラインが存在し、彼らをより過激なコンテンツへと体系的に誘導しているのではないか、という仮説がさまざまな組織から提示されているが、それを裏付ける定量的な証拠はなかった。そこで私たちは、349のチャンネルに投稿された33万925本の動画を分析し、7200万件以上のコメントを調べたところ、ユーザーが穏やかなコンテンツからより過激なコンテンツへと一貫して導かれていたことが明らかになった」とされています。

 またYouTubeのレコメンデーション・アルゴリズムについても調査し、YouTube上に表示される「おすすめ」が、ユーザーを過激なコンテンツに接触させる窓口になっているのではないかとも指摘しています。

photo Auditing Radicalization Pathways on YouTube

 この要約でも指摘されているように、実は「YouTubeが過激思想を煽る一因となっているのではないか」、つまりより過激なコンテンツへとユーザーを導いているのではないかという主張は以前から行われています。

 例えば2019年8月には、ニューヨークタイムズ紙が“How YouTube Radicalized Brazil”(いかにYouTubeがブラジルを過激化したか)という記事を掲載しています。この記事では2018年に行われたブラジルの大統領選挙をテーマに、現地の一般の人々や専門家(その中にはACM FATで発表を行ったミナス・ジェライス連邦大学の研究者も含まれています)への取材に基づいて、ボルソナロ大統領誕生の裏側にYouTubeのレコメンデーション・アルゴリズムがあった可能性があると解説しています。

 別にYouTubeがボルソナロ氏に肩入れし、大統領選挙で勝利するように彼の支持動画へと導いた、というわけではありません。YouTubeに限らず、広告収入に依存するソーシャル系のコンテンツ・プラットフォームでは、ユーザーが自社サイトに滞在する時間をいかに引き延ばすかに注力しています。

 そのための武器の一つが、ユーザーの過去のコンテンツ消費傾向に基づいて「おすすめ」を提示するレコメンデーションアルゴリズムです。そうしたアルゴリズムは、ユーザーをつなぎとめるため、より強い感情を刺激するようなコンテンツを推奨する――結果的に、ユーザーが最初に接触したのが軽いコンテンツだったとしても、どんどんと延長線上にある過激な思想へと導いてしまうというわけです。ちなみにYouTubeの場合、こうしたレコメンデーションによって、ユーザーの総滞在時間の70%が生み出されていると同社は解説しています。

 ただ、ACM FATで発表を行った研究者たちは、「パイプライン」の詳細なメカニズムが解明されたわけではないとし、過激なコンテンツへと進んでいったユーザーたちがもともと過激思想の持ち主だった可能性は捨てきれない、としています。

 またニューヨークタイムズ紙の記事についても、さまざまな関連記事が発表されており、同紙自体がその後の取材で「YouTubeそのものよりも、そこで流行ったコンテンツを人々がWhatsAppに転載するという行為の方が、過激なコンテンツの拡散において重要だったのではないか」と指摘しています。ブラジルでは一部の通信キャリアがWhatsAppのデータ通信料を無料にするプランを提供しており、WhatsAppに転載された動画であれば料金を気にせず視聴できたためです。

 とはいえ過激思想へと導く「パイプライン」の効力についての見解が割れたとしても、その受け皿となる極端なコンテンツを掲載するコミュニティーがYouTube上に存在しているのは否定できません。YouTube自体も、一部の過激思想や陰謀論に関するチャンネルを停止させたり、レコメンデーションアルゴリズムの調整を行ったり、デマの可能性が高いコンテンツでユーザーを正しい情報へと導く機能「情報パネル」をテストしたりと、対応を進めています。

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