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「5G」普及の鍵は結局“端末の値下げ”しかない? キャリアの販売戦略を考えてみた

» 2020年03月05日 10時59分 公開
[迎悟ITmedia]

 2020年も3月に差し掛かり、携帯電話業界は次世代モバイル通信規格「5G」の商用サービス開始を目前に控える状況だ。業界の5Gへの期待度は高い。例年、キャリア各社は夏と冬に新機種のラインアップを発表しているが、19〜20年冬の新機種の種類が抑えめなのは、春に合わせて5G対応機種を多く発表するためという見方もある。

 その一方で、5G対応機種がきちんと売れていくかというと、あまり楽観視もできない。総務省が主導した電気通信事業法の改正で、19年には「“2年縛り”の解除料の上限は1000円」「電話機本体の値引き上限は2万円まで」など、販売周りに大きな変化があったからだ。

 こうした規制は、「端末料金の値引き」から「通信料金の価格競争」へのシフトを促す目的のものだ。その意図では当初、19年10月にあると思われていた、楽天モバイルのキャリア事業本格参入が業界の価格競争を促すだろうともみられていたが、実際には試験的な無料サービスにとどまり、思ったような価格競争が起きなかったという事情もあった。さらには10月に消費税増税もあったことから、携帯電話の販売店によっては売り上げが落ち込み、人員の削減や閉店にもつながった。

 販売現場の息苦しさは、20年1月の「“クソ野郎”事件」で一部顕在化したが、引き続き状況はそれほど変わっていない。

 こうした状況もあるが、5G商用サービス開始を目前に控える中、キャリア各社がどんな販売戦略を取るのかを予想してみたい。

「5G」で進化したこと

 まず、簡単に5Gとは何かを整理しておこう。5Gは、現行の「4G」に比べて「高速・大容量」「低遅延」「多端末接続」といった特徴を持つ通信規格だ。

 高速・大容量の通信が可能になれば、4Kや8Kなどの高解像度でデータ量の大きい映像をモバイル回線でリアルタイムに配信できるようになる。

 通信の遅延も数ミリ秒と短いため、高画質の映像配信と組み合わせれば、離れた場所とのリアルタイムコミュニケーションもスムーズになるだろう。

 多端末接続では、狭いエリア内で同時に数千、数万台が同じ5Gネットワークにつないで視聴するような場面でも安定した接続を実現できる。先に挙げた2つのメリットと併せ、数万人を収容するスポーツやライブ会場で全員が別視点のカメラや別会場の様子を見るようなシチュエーションにも耐えられる。

 これらはあくまでも5Gの技術的な進化ポイントであり、これらを生かせるサービスが出てくるまでは「5Gらしさ」を商用サービスで体感できる機会はほぼないだろう。

 それでも消費者が5Gに期待しているのは、高速大容量のメリットを生かし、固定回線と遜色ない速度でしかも速度規制が全くない定額料金プランが出てくることだろう。キャリア各社もそんなニーズには気付いているはずだ。

「新技術」だけでは選ばれない LTE普及の経験から考えられること

 こうした5Gのメリットを生かしたプランをキャリア各社が実際に検討し、登場したとしても、それを利用するには「5G対応端末」が必要だ。

 19年に5Gサービスが始まった海外で販売される5G対応のスマートフォンは、多くが各メーカーのフラグシップモデルに限られる。そのため、定価を日本円に換算すると10万円を超える高級な機種ばかりだ。

 冒頭で振り返った通り、スマホなど電話機本体の割引は上限2万円という制約が設けられているため、ただでさえ高騰化するフラグシップスマートフォンは規制以前に比べて売れなくなっている。5G対応でさらに価格が上がるのであれば、5Gスマホはどんな機種よりも高級で買いづらいものになってしまうだろう。

 しかし、端末が売れず5Gの利用者が増えなければ、各社が継続的に5Gへの設備投資を行うにも株主などへの説明に苦慮する可能性もある。そう考えると、各社はいち早く対応端末を多く売り、5Gを普及させたいはずだ。

「新技術」だけでは選ばれない

 筆者自身も、長らく携帯電話販売の現場に立っていたため、「技術的に新しいこと」だけでユーザーに選んでもらうことの難しさは身にしみて理解しているつもりだ。

 例えば、国内で商用のLTE(3.9〜4G)サービスが始まった当初、従来よりも10倍の通信速度であることを店頭で説明しても、多くのユーザーには響かなかった。

 それでも選んでいくユーザーは「新しいモノ好き」(アーリーアダプター)に限られた。それ以外の人がLTEスマホを求めるようになったのは、ラインアップの多くがLTEに対応するようになって「移動中に動画を見る」といった大容量・高速な通信のニーズが高まってからのことだった。

 また、LTEが始まった当初は対応機種に限って「本体代金の大幅な割引」や「従来機種よりも安価なプラン」が選べることも、機種の買い換え時にコスト的な魅力があって選んだユーザーも多かった。

LTEからの“マイグレ”では現行法で大幅な値引きは不可 例外的なキャンペーンは可能?

 法改正後の現在も、新規契約の受け付けを終了した通信方式を利用する契約・端末から、新たな通信方式に対応する契約変更や端末購入に限っては「0円未満とならない範囲で割引が可能」になっている。

migremigre 3GからLTEへの機種変更で大幅な割引がある例

 このため規制の中であっても、各社で新規契約受け付けを終了している3Gサービスから現行のLTEサービスの機種への買い換え(マイグレーション)は、キャリアショップや家電量販店で大幅な値引き販売が実施されている。

 現行のLTEサービスの新規契約受け付けは5Gサービスが始まったからといってすぐに終了するわけではないため、同じような割引は現時点の改正電気通信事業法の中では行うことができない。

 しかし今夏には東京五輪を控え、世界的に見ても各国で5Gの普及を急ぐ流れがあり、それは日本も変わらない。

 5G普及のため、対応端末をユーザーが安価に購入できるような、何かしらの割引や販売方法が総務省との協議の上で用意されるのではないだろうか。

新iPhoneが5Gに対応するか否か ミドルレンジのラインアップ拡充も鍵に

 また、端末の選択肢をどれだけ早期に増やせるかも普及の鍵になるだろう。

 国内でのシェアが高く、定期的に新機種へ買い換えるユーザーが一定数にいる「iPhone」が5Gに対応すれば、爆発的に普及する可能性は高い。

 特に長らく販売ランキング上位に居続けた「iPhone 8」の発売から今年で丸3年が経過し、そろそろ買い換え時期を迎えるユーザーは多いと考えられる。その買い換え需要と5G対応モデルの発売がマッチすれば、5G契約を行うユーザーが増えるだろう。

 5Gで先行する海外では、ミドルレンジの中でもハイエンド寄りの機種など、フラグシップモデル以外でも5Gに対応する端末が続々とリリース予定だ。もちろん、それらをそのまま日本に持ってきただけではユーザーのブランド認知がない上、使い勝手などに課題も残るため売れる機種にはならないだろうが、海外での選択肢の広がりを日本も早期にまねて「5Gの中で十分に選べる」状況にする必要がある。

「後発組」だからこその早期普及を

 上述した通り、先進国の中で日本は5Gについて「後発組」だ。日本とも関係の深い北米と韓国は19年春に5Gサービスを開始しているし、中東などでも5Gサービスが続々と始まっている。

 先行して開始した国で5Gがユーザーに選ばれているか、選ばれているならその理由は何かを見極め、日本の5Gが垂直に立ち上がることに期待したい。

 すでに4Gサービスでも「大容量」や「無制限」のプランが始まっている。2020年に入ってからはNTTドコモの「ギガホ」プランの通信量上限が月60GBに増えたり、楽天モバイルが通信・通話無制限の「UN-LIMIT」プランを発表したりなど、大容量もしくは無制限のプランを選べるようにもなってきたことから、やはり5Gでも通信量の制限がなく高速通信が行えるプランが出てくる可能性は高い。

 しかし4Gでも容量に制約のないプランが出てきている以上、5Gの無制限プランが出てくるのであればユーザーに魅力的な内容でなければいけない。それを利用する端末が機能や価格で魅力的でなければ、ユーザーは5Gをわざわざ選ばないだろう。

 各社から、5G普及のために「今までにない」体験をユーザーに提供できるような施策や工夫が出てくることを期待したい。

ライター:迎悟

キャリアショップも家電量販店も併売店も経験した元ケータイショップ店員。携帯電話が好き過ぎた結果、10年近く売り続けていましたが、今はライター業とWeb製作をやっています。


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