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人工知能は新型コロナの流行を知っていた パンデミック対策の最新事例よくわかる人工知能の基礎知識(3/4 ページ)

» 2020年04月15日 07時00分 公開
[小林啓倫ITmedia]

病院に行かずにCOVID-19の兆候を把握

 中国のIT大手Baiduは、AIを搭載した非接触型赤外線センサーシステムを開発した。目的はもちろん、発熱を目印としてCOVID-19発症者を把握するためだ。

 日本でも空港などで、赤外線センサーを設置して施設利用者を撮影し、発熱が認められた人を呼び止めて話を聞くといった措置が以前から行われている。しかしこの方法では、通常の防犯カメラと同様に、誰かが画面を目視しなければならない。そこでAIにチェックを任せ、スクリーニングを自動化しようというのがBaiduのシステムだ。実際に北京の鉄道駅である清河駅に設置されており、乗客の流れを止めることなく、1分間に最大200人を検査しているという。

 さらにCOVID-19の患者が発生した場合、その患者と濃厚接触した可能性がある人物や、患者がいた場所に滞在していた人物を、デジタル情報から割り出す仕組みが各所で開発されている。

 Baiduと並ぶ中国のIT大手Alibabaなど、複数のIT企業が中国政府の要請を受けて開発した「Health Code」というアプリがある。ユーザーが個人情報を入力すると、その人が新型コロナウイルスに感染しているリスクが緑・黄・赤の3段階で表示される仕組みだ。これがどのような根拠に基づいて判断されているのか、正確な情報は公開されていないが、携帯電話を通じて収集される位置情報など複数のデータが分析されているとみられる。

 アプリにはこの緑・黄・赤でQRコードを表示する機能が付いており、これを読み取らせないと、通行や入館、利用を許可しないという施設や交通機関も出てきている。アプリの使用は強制ではないとされているが、自分がなぜ「赤」と判断されたか理解できなくでも、問答無用で立ち入りを拒否されるような例も出ているようだ。

 こうしたテクノロジーを使った感染者の把握・行動抑制については、当然ながら人権侵害になりかねないとの懸念もある。20年3月19日には、国際連合と米州人権委員会、メディアの自由に関するOSCE代表が共同で声明を発表しており、その中で「私たちはコロナウイルスの広がりを追跡するために、監視技術のツールが使用されていることを認識している。パンデミックに立ち向かうための積極的な努力の必要性を理解し、支持するが、そのようなツールは目的と時間の両方の面で使用が制限され、プライバシー、差別の回避、ジャーナリストの情報源の保護、およびその他の自由に対する個人の権利が保護されることも非常に重要となる。国はまた、患者の個人情報を保護しなければならない。このような技術のいかなる使用も、最も厳格な保護を順守し、国際的な人権基準に合致する国内法に基づいてのみ利用可能であることを強く求める」と主張している。

 中国のような国家に対しては、こうした宣言が聞き入れられることを期待するのは難しいだろう。しかし少なくとも私たちが住む民主主義国家においては、パンデミック対策が優先され過剰に人権が抑制されたり、問題が去った後にも人権を抑圧する仕組みが残ったりすることがないようにしなければならない。

治療法の研究やワクチン開発をAIで支援

 新型コロナウイルスの感染を予測し、感染者を把握してしかるべき(望むべくは可能な限り人権に配慮した形で)措置を講じる。それだけでもパンデミック対策に大きな貢献となるが、最終的な治療法を見つけなければ完全な収束は望めない。そこでCOVID-19の治療法を研究したり、新型コロナウイルスに対するワクチンを開発したりすることにおいても、AIの活用が進められている。

 ロンドンに拠点を置くBenevolentAIは、創薬の分野でAIを利用している企業だ。医学や生物学などに関する大量のデータをAIで分析することで、より効率的に病気の原因を探ったり、治療薬の候補を見つけたりする取り組みをしている。彼らはこの仕組みを使い、ウイルスの感染プロセスをブロックする可能性のある薬剤に焦点を当て、既に承認済みの(実際に使用が許可されるまでの時間を短くできる)薬剤を精査した。その結果、バリシチニブという関節リウマチの治療薬が、このウイルスの感染力を抑制するのに効果的であり、かつ副作用も少ない可能性があるとの結論が得られたそうだ。

 あくまで「感染力を抑える」という効果への期待の状態だが、新型コロナウイルスのワクチンが一般で使用されるようになるのは、早くても1年以上先になるとみられている。それまでにできる限り感染者を少なくする必要があるという意味で、BenevolentAIの発表に注目が集まっている。

 一方で、Baiduはワクチン自体の開発をAIで支援している。彼らは以前から研究機関が行うワクチン開発に協力しており、19年には、オレゴン州立大学およびロチェスター大学と協力して「Linerfold」というシステムを開発。これはウイルスのタンパク質が持つ折りたたみ構造を、AIに予測させるというものだ。

 ウイルスは表面に突起を持ち、それで人間の細胞の表面にある受容体と結合して、増殖を始める。この突起を形成しているタンパク質は複雑に折りたたまれているのだが、その構造が理解できれば、ウイルスの攻撃を防ぐワクチンを開発する第一歩となる。したがってこの構造を素早く解析できるようにすることで、ワクチン開発自体のスピードも上げられる。

 実際に新型コロナウイルスで試したところ、従来のアルゴリズムの120倍の速さで予測できたそうだ。BaiduではLinerfoldを医療コミュニティに幅広く開放し、ワクチン開発の最適化を支援するとしている。

 また、治療を支援するという観点から、チャットbotを利用するケースも登場している。中国のいくつかの病院では、市民からの問い合わせによって受付がパンクしてしまわないように、チャットbotが応対していると報じられている。そうしたチャットbotは人間の回答に基づき、病院に来院するべきか、それとも自宅待機すべきかを判断してくれるそうだ。

 逆に市民の個人情報や行動履歴といった情報を分析し、新型コロナウイルスに感染している可能性が高い人物を割り出して、彼らに自動で通話するロボコールの仕組みも登場しているという。こちらは前述の通り、人権がどこまで守られるのかという懸念があるものの、プロアクティブにCOVID-19の治療を促進するという点で興味深い取り組みといえる。

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