「サイバーパンク2077」をプレイし始めた。
知らない方のために解説すると、ポーランドのゲーム開発会社CD PROJEKT REDが開発したオープンワールド型RPGだ。猛烈な規模とグラフィックスのゲームで、どんな陣容で、どんなプロジェクト管理の末に開発されたのか気が遠くなるような作品なのだが、発売前に800万本の予約が入り、発売日にすでに開発費とマーケティングコストの回収が終わったという、近年まれに見る規模で立ち上がっている作品でもある。
この作品の題材となっているのは、表題の通り「サイバーパンク」の世界。ビジュアルイメージとしては、『ブレードランナー』(1982年)『攻殻機動隊』(原作版の初出は1989年)『マトリックス』(1999年)に連なるもので、まあ、皆さんにもなじみが深いものかと思う。
一方で、サイバーパンクとは「来なかった未来」を描いた世界でもある。だから2000年以前に生まれている世代にはそれなりになじみがあるが、十代には意外と分かりにくいようだ。
そこでちょっと「来なかった未来」と「今から考えられる未来」の違いを考察してみたいと思う。
この記事は、毎週月曜日に配信されているメールマガジン『小寺・西田の「マンデーランチビュッフェ」』から、一部を転載したものです。今回の記事は2020年12月14日に配信されたものです。メールマガジン購読(月額660円・税込)の申し込みはこちらから。
サイバーパンクは、コンピュータネットワークと人体改造が発達し、そこにひもづく企業が国の存在を超えて大きくなった社会を描くものであることが多い。
核となる作品群は1980年代から90年代に生まれており、そういう意味では「ネットが活用され始めた初期に作られた概念」という言い方もできる。
サイバーパンクの世界で特徴的なのは、「情報の消費媒体としてのWebの存在感が希薄である」点が挙げられる。Webからの進化系の一つであるアプリの存在も希薄だ。
というのは、サイバーパンクのもう一つの特徴として、「ディスプレイに関するテクノロジーが非常にいびつである」ことが挙げられる。
広告などにはいわゆるデジタルサイネージが多く使われているのに、人々が情報を見るときには、テレビか脳・視界への直接表示、いわゆる「ジャックイン」が使われている。「四角いディスプレイを見る」ことに未来感はなく、情報は視界の中に自由に配置できた方がいい。今ならVR・ARで試みられていることだが、サイバーパンクの中ではジャックインによって実現されている。その方が未来感があるからそういう演出になっているわけだが、これは、社会風俗の描き方に大きな影響を与えている。
ジャックインが当面実現しそうにない現実社会は、人々がそれぞれ「通信で情報を得る自前のデバイス」=スマートフォンを持つことに特化して進化してきたが、サイバーパンクの社会では、スマートフォンの姿はほとんどない。通信で情報を得ていることに違いはないのだが、情報との関わり方はより主体的だ。
ネットの中での行動監視は、サイバーパンクでも大きなテーマになっている。だが、現実に起こっている行動監視とは、多少ニュアンスが異なる。
「自分の行動が監視されている」というのはサイバーパンクものでは定番のこと。現実の世界でも課題になることが多い。だがサイバーパンクと現実の違いは、「あなたの一挙一動全てに興味がある」ということと、「あなたのような属性の人の動向を見るために、あなたが何に興味があるのかを知りたい」という点。これは、物語と現実の違い、といってもいい。
あなたが大企業のトップや大物芸能人、テロリストであったなら、全ての行動を監視することに興味を持つ人や団体もいるだろう。だが、ほとんどは「そうではない」人々だ。その行動を全部監視するのは意味がないし、現実的に不可能。「あなた」という存在よりも、見ているコンテンツの種類や検索キーワードから、「Aが好きな人はBという状況のときにどう行動するのか」という情報が重要になっている。
この違いは非常に複雑だ。ネットでの行動から見えることは「あなたを描き出す一つの情報」ではあるが、あなた自身ではない。サイバーパンクなどのエンターテインメントの中では「あなた自身」が追いかけられるが、現実には追いかけられるのではなく、「あなたの行動が生み出す影」が広告表示とマーケティングデータに使われる。
「プライバシーとの両立」という言葉の中で、「あなたの行動が生み出す影」を収集し続けること、そしてそこから生まれるデータが大きな価値を持ち、ITジャイアントの武器となっていくことは、サイバーパンクが描いた社会とは違う。
脅威や懸念は、情報流通の形が変わったことで、大きな変化を生み出した。「強い人の情報だけが重要」なのではなく、むしろ「あらゆる人が生み出す大量の情報の価値」の方が大きいことがはっきりしてきた時代、とも言える。
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