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東北新社の認定取消で明るみに出た「使われぬ電波」 影響わずか700人、4K向け“左旋”放送の意味を問う(1/2 ページ)

» 2021年04月16日 06時52分 公開
[小寺信良ITmedia]

 東北新社の放送チャンネルである「ザ・シネマ4K」のサービスが終了することとなった。菅義偉首相の長男である菅正剛氏が総務省幹部を接待した問題の調査から派生して、放送認定時に外資規制法違反があったことの処分として、事業者認定が取消になったからだ。

 筆者が記憶する限り、放送事業者の認定取消は放送法施行後、初ではないかと思う。放送とは認定事業であり、放送法は法に違反した事業者の認定を取り消すことができると規定して、法に強制力を持たせている格好だ。しかしこれまで認定取消事業社がなかったということは、それだけ放送事業者というのが手厚く守られた事業であるという裏返しでもある。

 例えば地上波キー局が認定取消ともなれば、年間数千億円規模の事業が吹っ飛び、1億1千万人の全国民への影響は避けられない。そうした判断を総務省がやれるのかといえば、実際には「全国民への多大な影響をかんがみて」といった高度な政治判断が行われる。

 今回「ザ・シネマ4K」の認定取消が実施された背景には、このチャンネルの契約者が約700人という、影響の小ささはあったはずだ。

 しかし衛星放送とはいえ、4Kの有料放送の契約者がたった700人しかいないというのは、衝撃的である。衛星放送は直接受信以外にケーブルテレビ経由の契約もあるが、比率としては直接受信7、ケーブルテレビ3ぐらいの割合なのが普通だ。トータルでの契約者数は1000人前後といったところだろう。

 これは放送事業としては、ビジネスになってないレベルである。ネットでさえ、コンテンツサービスの顧客が1000人しかいなければ詰むだろう。

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この記事は、毎週月曜日に配信されているメールマガジン『小寺・西田の「マンデーランチビュッフェ」』から、一部を転載したものです。今回の記事は2021年4月12日に配信されたものです。メールマガジン購読(月額660円・税込)の申し込みはこちらから。さらにコンテンツを追加したnote版『小寺・西田のコラムビュッフェ』(月額980円・税込)もスタート。

BS・左旋チームの内訳

 「ザ・シネマ4K」が事業を展開していたのは、BS・左旋チャンネルである。これまで衛星放送では、螺旋状に右旋(右回り)に回転する電波を送出してきたが、4K化により広い帯域が必要になったことから、新たに左旋(左回り)でも送出するようになった。従来の設備では右旋しか受信できないため、左旋を受信するためには、アンテナを含め、新たに両方が受信できる設備への交換が必須となる。

 現在BS・左旋で放送している事業者は、以下のようになる。

  • ショップチャンネル4K
  • 4K QVC
  • ザ・シネマ4K
  • WOWOW 4K
  • NHK BS8K

 BS左旋放送の目玉は、NHK 8K放送だ。だが8Kテレビなどはまだまだ一般庶民には高根の花であり、自宅で視聴可能なのはごく一部の富裕層に限られる。

 2021年3月1日からWOWOW 4Kが放送を開始したところだが、4月いっぱいで「ザ・シネマ4K」が抜けると、残りはNHK、WOWOW、ショッピングチャンネル2つになる。正直、放送としては厳しいラインアップといわざるを得ない。総務省では2019年にBS左旋・110度CS左旋の新規事業者を公募したが、応募者はゼロであった。

 そもそも左旋の受信は、アンテナさえ交換すればいいというものではない。左旋チャンネルの伝送には、右旋よりも高い周波数を使用するため、ブースター、分配器、ケーブル等の交換が必要になる。NHKの試算によれば、集合住宅の棟内伝送設備を全面改修する場合、1世帯あたり8〜20万円程度の負担が必要とされている。

 そんなことから、現在4K放送の直接受信可能世帯は、右旋では3180万世帯あるが、左旋では142万世帯しかない。この程度の普及率では、放送としてはほぼ事業にならない。この数字は「設備として受信可能」なだけであり、有料放送の契約の意思があるかどうかは別問題だからである。

 ちなみに4K放送開始前の2020年10月に公開されたWOWOWの決算によれば、WOWOWの加入者総数は278万8000件となっている。左旋受信「可能」な全世帯を合わせても、WOWOW1社の「契約」規模にも届かない普及率なのである。

 受信設備という足かせで道連れになるわけだから、BS・左旋チームにもっと魅力的な局が入ってこない限り、全体としての収益化は難しい。そういう意味では3月から放送開始したWOWOW 4Kに期待がかかるところではあるが、現時点の契約者数で278万8000件では、トータル1000万世帯にも届きそうにない。

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