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民意とすれ違う聖火リレー、止められないテレビの美談報道とネット反応の転換期小寺信良のIT大作戦(2/2 ページ)

» 2021年05月15日 08時33分 公開
[小寺信良ITmedia]
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止まらない、止められない

 なぜ各自治体は聖火リレーを全面中止に転換できないのか。それはすでに巨額の費用を地方税から投入しており、すでに人も動員してしまっているからだろう。例えば宮崎県の場合、令和元年の「総務政策常任委員会資料」を見ると、東京2020オリンピック聖火リレー等実施事業としておよそ2.17億円の債務負担を計上しており、このうち8000万円が宝くじ収益金の分配を予定、とある。

 主な内容としては、

  • リレー運営費(運営、警備、装飾等)で約1.6億円
  • セレモニー費(出発式、到着式等) 約6500万円
  • 共通費(交通規制広報、実施記録等) 約2700万円

となっている。

photo 総務政策常任委員会資料

 この他、通過市町には実施費用の一部と式典の実施費用全額の負担を求めるともある。こうした予算繰りに関しては、他県も事情はそう変わらないだろう。こうした全国規模のイベントは公共工事と同じで、一度予算を消化し始めたら、もはや止められない。47都道府県の中で自県だけやってないといった汚名を背負い込む度胸は当然なく、それゆえに公道走行断念や無観客対応となって受益者が大幅に減少しようとも、実施の方向からは動かせない。

 テレビ報道が反聖火リレーへ転換できないのも、似たような理由である。聖火リレーは47都道府県にまたがる全国報道であり、NHKは全国の支局から、民放はローカルネット局から人材を集めてチームを編成する。各県プロデューサー1人、ディレクター3人ぐらいだろうか。それにカメラマン他撮影クルー3班〜5班ぐらいを編成すると、1局につき15人ぐらいのチームになる。

 東京は別格で除いたとしても、NHKおよび各キー局は、のべ700人近い報道体制で望むことになる。それだけの人と予算を投入していたら、やはり最初に描いた「がんばれニッポン的な絵図面」から方向転換するのは難しい。

 特に全国報道の主導権を握るのは、東京だ。地方でいくら反発があったとしても、東京に響いていなければ方向転換はない。こうして地方感情と全くズレた全国報道が出来上がっていく。

 一方地方新聞は、こうした全国ネット的なしがらみはないはずだ。淡々と縮小のストレートニュースを報じるにとどまらず、市民感情に寄り添った報道もできるはずだが、そこまで踏み込んだ記事は今のところ、沖縄タイムスぐらいしか見つけられなかった。

 他方で先日、聖火リレー中止に走る自治体は無責任だとする意見記事が出て心底驚いた。たとえ無観客でも、ランナーとして走る人には意義があるということだろうか。

 すでにプレイベントで予算を消化してしまっているぶんはあるにしても、公道リレー中止で浮いた予算が数千万円でもあれば、コロナ禍における収入補償や医療従事者への手当金等が強化できるのでは、と思うのは素人考えなのだろう。それは重々承知しているが、イレギュラーな事態にはイレギュラーな施策が必要ではないのか。

 総務省統計局の労働力調査によれば、就業者数は前年同月比で51万人減少しているにも関わらず、完全失業者数は前年同月比で12万人増加にとどまる。完全失業者とは求職しているが就労できていない人なので、2021年の定年退職者がものすごい人数だったのでなければ、求職を諦めた人が相当数いるということになる。そんな中で2億円を消費する聖火ランナーを応援する気になれないだろう。

 またランナーにしても、地元の人に見てもらえず、応援もされずに走ることに、どれほどの受益があるのだろうか。

 聖火リレーは、5月15日、24番めの島根県で全国の半分を超えることになる。オリンピックそのものが中止になれば、聖火リレーをやる意味もなくなるが、残りの聖火リレーは中止にできるのだろうか。仮に中止になったら、報道は無念の美談報道に切り替わるだろうが、その姿勢に私達は、どんな気持ちを抱くことになるだろうか。

 聖火リレーは、オリンピックに対する国民全体の団結を促すイベントだったはずだ。だが現状の強行劇は、逆にわれわれの間に新たな分断を生んでいるのではないだろうか。

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