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スティーブ・ジョブズ没後10年 Appleの隆盛を支えた「ジョブズとクック」が成し遂げたこと(2/4 ページ)

» 2021年09月30日 13時00分 公開
[西田宗千佳ITmedia]

Apple復帰からiPhoneまで、変わり続けたApple

 ジョブズが亡くなるまでのAppleの製品を分析すると、1998年の「iMac」から2000年の「iPod」発売まで、iPod時代からiPhoneが出た2007年まで、そしてiPhoneが急激に売れて携帯電話市場でメジャーな存在に上り詰めていく2011年まで、という3つの時代に分けることができるように思う。

 2000年まで、Appleの最大の課題は「過去の非効率な製品ラインを整理すること」だった。生産性が悪く、市場での競争力も落ちていた当時のMacに大なたを振るい、競争力のある製品を軸に据えることが重要な課題だった。

 ここで最も重要だったのは、商品を魅力的なものにすることであり、魅力的に見せることだった。そこではジョブズの力が最大限に発揮される。

 とはいえ、彼も過去に比べかなり現実的な部分が出てきたので、新機種のためにいきなりOSを全部入れ替えるとか、みたこともない技術を盛り込むことを望むようなことはしていない。1998年に生まれたiMacは「技術的には普通の存在」だが、商品企画としては、こだわりと割り切りが山盛りになった特別なものに仕上がっていた。量販店の言いなりになっていた部分がある販売施策を変え、Apple主導での販売形態を整えていったことで、同社の収益は改善する。この点でもう、ジョブズが過去とは違い「経営者として成長していた」ことが分かる。

 「魅力的な商品で自社に有利な立場を維持する」というのはコンシューマー向け製品の基本だが、その軸をこの時期にガッツリ作りにいったことが、この時期にAppleが行った改革の特徴だ。

 すなわち、「ジョブズという非凡なリーダーが作る製品を売る体制」を整えていたのがこの時代、と言ってもいい。

 次の時代は「iPod」の時代だ。MacやPCは生活の中で重要なものだが、どこにいても持っているものでもないだろう。……まあ、ノートPCが主流になってから、みんなカバンの中に入っている時代にはなったが、財布のように肌身離さず、というわけでもない。誰もが持つ、圧倒的に大量に売れる製品をAppleが手掛けるようになったのはiPodの時代からである。

 iPodも、技術的にみてそこまで特別な存在ではなかった。そのことが家電メーカーを見誤らせた部分は大きかったろう。だが、大量の楽曲を「快適に」扱えるソフトウェアや、楽曲販売を「快適に」行えるプラットフォームとの連携は、「技術的には可能」でも、早期に同じものを作って顧客を満足させるのが難しい存在でもあった。HDDからフラッシュメモリへ移行し、どんどん小さくなっていくことでデザインが変わり、消費者の購買意欲もそそった。そこにはまさに「ジョブズというアイコン」が強く作用している。

 同時に重要だったのは、iPodが世界中に「滞りなく流通していった」という事実だ。

 背面をキラキラに磨き上げたものを大量生産するのは大変だ。そのための職人の確保を含めたパートナー戦略が、その後のAppleの製品づくりの根幹をなしていく。

 今では、アルミ素材から削り出した精度の高いボディーを使った製品はありふれている。それを特別なモデルに使うのではなく、「世界中に大量に販売する製品」に使ったのは、この時期のAppleから広がったもの、といえる。

 大量に作り大量に流通させることを前提に製品1台あたりの質を向上させる、というやり方が、この時期にiPodとMacBookで生まれ、一気にAppleのお家芸となっていった。

 そうした製品への「こだわり」は、もちろんジョブズがいてのことである。

 一方で、こうしたオペレーション全体を構築し、最適化を推し進められたのは、ティム・クックがいてのことでもある。パートナーを選んで大量に生産を委託し、それを前提に製造方法にまで踏み込んで最適化を行うわけだ。

 ジョブズ復帰から数年は樹脂製ボディーをAppleは多用していたが、次第にアルミの比率が増えていく。それは、出来上がった製品の質と歩留まり、そしてリサイクルを含めた生産性の面で、アルミという素材の価値が高いと判断してのことだ。こういうサイクルの決断はビジネス的に面倒な部分も多々ある。だが、そこにクックという存在がいたからこそ、ジョブズは自分がやりたい部分に集中して仕事ができたのだ、とも思う。

 もう一つ指摘しよう。

 この頃から、発表直後から製品を予約したり購入したりできるようになっているのにお気付きだろうか?ジョブズが「Today」というと、その後から製品が買える。これは消費意欲をたき付けるには最高の演出だ。

 だが、流通の面を考えると正直大変である。一気に需要が盛り上がるわけで、ちゃんと数を積んでおかないと売り逃す。自社網での販売が増えたとはいえ、世界中の店舗に品物を滞りなく流すためには、相応の準備が必要なのだ。

 今はさすがに「Today」は減ったものの、それでも、発表から10日もすれば販売が始まる。多くのメーカーを見回しても、こんなに発売までのタイムスパンが短いところは少ない。

 この頃から、Appleは「一気に大量の製品を生産し、世界中に流通させる」テクニックを多用するようになる。ティム・クックの作り上げたこの生産・流通体制こそが、その後のiPhoneの大ヒットを支える基盤となる。

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