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Logic ProのDolby Atmos対応は「空間オーディオ民主化」への第一歩 3次元空間でのランダムトレモロを体験してみないか?(3/3 ページ)

» 2021年11月16日 10時27分 公開
[松尾公也ITmedia]
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音の雲

 Appleが空間オーディオに取り組むという話を聞いたとき、真っ先に思い出したのが、冨田勲さんのことだ。

 冨田さんの自伝「音の雲」では、1984年に「サウンドクラウド」(音の雲)と称して、ドナウ川の上空まで含んだ立体音響を聴衆に聴かせるという試みを成功させた時の苦労話が誇らしげに書かれている。Logic Proに追加されたSpace Designerは実際に計測したデータに基づいた空間リバーブを構築するツールであるのだが、もしこのドナウ川流域の音響シミュレーションをした上で、音源を空間に配置することができ、それを高級なリスニングルームでなくても、歩きながらイヤフォンで体験できる……そんな時代が来ているのだ。

 一方、冨田さんは電子音楽をミュージシャンだけの気高いものにしておくようなことはしなかった。

 1996年にリリースされた冨田さんのCD「バッハ・ファンタジー」はエンハンストCDという、CD以外にデータを入れられるフォーマットで、そこには冨田さん自ら作成したMIDIデータが収録されている。このCD発売時のインタビューで筆者が「データは貴重なものですよね。簡単にあげちゃっていいんですか?」と尋ねたところ、「そのデータをあなたのシンセサイザー音源で好きなように奏でてくださいということですよ」と笑いながら答えてくれたのを思い出す。MIDIすら存在しない時代から始めたシンセサイザーサウンドの担い手がより広がることに期待していたのだ。

photo バッハ・ファンタジー

 空間オーディオが花開いたこの時代に冨田さんがいたなら、Dolby Atmosでも360 Reality Audioでも対応していただろうし、ネイティブファイル形式のADM BWF(Audio Definition Model Broadcast Wave Format)でダウンロードできるようにしたかもしれない。ひょっとしたら、Logic Proの空間パニング情報が入ったプロジェクトファイル、Space Designerの設定も含めて配布したかも……などと想像をふくらませてしまう。

 今の段階ではリスナーが自由に音空間をコントロールすることはできない。だが、いつかこの機能がiPadやiPhoneのGarageBandまで降りてくれば、Apple製品のジャイロ、加速度センサーを駆使して空間パニングをリアルタイムで体験できるようになるのではないか。

 そんな提案をしたところ、ソーレンさんは、「そのようなフィードバックはありがたい。われわれの空間オーディオへの取り組みはまだはじめの一歩なので」とにこやかに答えた。

 1つ残念なのは、Dolby Atmosのための処理はまだ重く、演奏にリアルタイムで追従するのが難しいことだ。Logic Proと連動する、リアルタイム演奏ソフト「MainStage」は、プロのライブでもよく使われているソフトウェア音源&ストンプボックスなのだが、ここにDolby Atmosバージョンのトレモロエフェクトを入れられると素晴らしい効果を生みそうなのだが、リアルタイムでの演奏性を重視しているのでバッファーサイズが小さい。このため、今回は対応が見送られている。

 Appleの担当者によれば、Dolby Atmosプロジェクトに変換した場合に使えるようになるプラグイン「Tremolo(stereo→7.1.2)」でランダムにエフェクトをかけるととても面白いそうだ。それをリアルタイムでできたらどんな陶酔体験が味わえるだろう。

photo 絶大な空間オーディオエフェクトを楽しめるTremolo(stereo→7.1.2)

 MacのLogic Proと、iPhone/iPadのGarageBandは相互補完関係にある。新機能はLogic ProからGarageBandに行くこともあれば、Live Loopsのように、GarageBandが先で、それがLogic Proに移植されることもある。iPadのGarageBandで音楽制作の楽しさを覚え、プロジェクトをそのまま読み込める上位のMac版Logic Proに移行することも多いとザンダーさんは話すが、空間オーディオについては、少なくともセンサー類においてはiPhoneやiPadの方が利用しやすいそうだ。

 Live Loopsのリアルタイムコントロールは、先述のLogic RemoteでiPadを使った方が数段楽だし、Surround Pannerを直感的に動かすこともできそうだ。

photo

 Logic Proのバージョンアップで踏み出した「空間オーディオコンテンツ制作の民主化」は、もう次のステップが見えてきているように思える。

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