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全て“当たり”にするこだわり、刀鍛冶を思わせるブレーキ焼き入れ――「日本のものづくり」マインドが凝縮されたGT-R西川善司の「日産GT-Rとのシン・生活」(5/6 ページ)

» 2022年01月02日 12時38分 公開
[西川善司ITmedia]

生産完了したばかりの車を鍛える全車検品

 一般的な車両は全製造工程を終えて完成すると、そのまま出荷用のカープールへと移動させられる。しかし、日産GT-Rの完成車両はカープールへ移動させられず、そのまま全車が性能試験と最終仕上げのために栃木工場内のテストコースへと駆り出される。

 筆者が以前、工場を取材見学したときには、完成車両の性能試験のデモンストレーションを同乗走行にて見せていただいたことがある。残念ながら、当時はその様子の撮影が禁止されていたために、写真は1枚もない。

 栃木工場は一周6.5kmの高速周回テストコースを初めとしていくつかのテストコースを有しているが、生産完了したGT-Rは、全車、こうしたテストコースを活用して鍛えられる。GT-Rは、納車されたばかりの新車であっても、走行オドメーターがある程度のキロ数がかさんでいるのはそのためである。

 まず、ブレーキの“ならし”と“焼き入れ”のために、時速100kmからの加減速を何度も繰り返す。ブレーキパッドとローターが馴染むまでこの工程が実走行で行われる。この工程は、パッドが終了の判断基準となる変色が起こるまで行うというから相当なこだわりである。

 ちなみに、このブレーキの鍛え上げ時に行われるブレーキングの強さは0.5Gに達する。一般的な、自動車の運転で通常停止する際の制動Gは0.1〜0.2G程度なので、0.5Gは、イメージ的には急に飛び出して来た障害物を避ける際に行うそれなりに強い急ブレーキと同等か、それ以上の急制動である。

 このテストにも同乗走行した筆者は「これを何度も何度もって……マジかよ」と思ったものだ。また、生産車が傷まないのか、とも心配になった。

 この時の、テスドライブを担当していたドライバーが「今世代のGT-Rは、日産車、いや、これまでの国産車の常識を越えた領域の性能を身に付けているからこそ、こうした鍛え上げで性能がさらに研ぎ澄まされていくのです」と平然と話す姿に、日本刀をたたいて鍛える刀鍛冶を連想したものだった。

このような、開発時の映像は、日産が多く公開しているが、量産車を製造する現場での、生産車に対する鍛え上げ工程の様子の公式映像はほとんどない

 このテストは、ブレーキ系の鍛え上げと同時に、完成車両の精度のチェックも兼ねている。0.5Gの急制動を掛けたときに、車体がスッと沈み込みながら停止できればOKだが、少しでもタコ踊り的なふらつく挙動をしめしたら即「出荷NG」の判断がなされる。

 筆者がテストコース上の同乗デモ走行の時に見せて頂いたのは、時速100kmを大きく超える速度への急加速だった。しかも、ハンドルには軽く手を添えるだけの、殆ど手放しに近い状況で、だ。これは、急加速における直進安定性のチェックだけでなく、総合的な足回りの組み付けや製造精度のチェックも兼ねているテストだ。GT-Rは、日本向けだけでなく、グローバル製品なので、日常的に超高速走行が行われる海外の一部地域においても高い信頼性を担保する必要があるのだろう。当然、こうした急加減速領域の操縦安定性は、サーキット走行などにおける限界走行においてはラップタイム改善のみならず、安全性にも貢献する。

 GT-Rの、全車“当たり”での出荷への執念は相当なものなのだ。

日産GT-Rは、500馬力オーバーのモンスターパワーを、普通レベルの運転技術の人でも手なずけられることを目的として開発されている。「神は細部に宿る」といわれるが、さしずめ、GT-Rの場合は「高性能は高精度な生産技術があってこそ宿る」といったところであろうか

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