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従業員の“幸福”が企業成長のカギ 注目の「ウェルビーイング」とは何か?

» 2022年03月08日 07時30分 公開
[岩崎史絵ITmedia]

 かつて企業経営といえば「いかに利益を上げ続けるか」が最も大切なポイントだった。しかし時の流れとともに経営の在り方は変化した。利益の追求に一直線だった経営手法は古くなり、透明性の高いガバナンスを持つ健全な経営が重視されるようになったのも昔の話だ。

 特に2010年代半ばからは「健康経営」というキーワードが注目されるようになった。企業経営において、従業員の健康や幸福といった要素を無視できない時代に変わったのだ。

 健康経営とは、従業員の健康管理を経営的な視点で考えることをいう。かつてのように毎日の長時間残業や休日出勤を美徳にするのではなく、モチベーションや生産性を上げるために従業員の心身の健康維持をサポートすることで、結果的に業績や株価の上昇につながることを目指す。

 この取り組みに経済産業省も注目している。健康経営を実践している上場企業を選定した「健康経営銘柄」を2014年から毎年発表している。2016年には「健康経営優良認定制度」を制定し、健康経営の普及に努めている。選定や認定されることになれば、企業価値の向上も見込める。

特集:「Well-being」実現への道

テレワークやハイブリッドワークなどニューノーマルな働き方が広がっている今、従業員の健康や幸福にも目を向ける企業が登場している。しかし、そうした「ウェルビーイング」を高める取り組みは簡単ではない。本特集では、ウェルビーイング向上につながる施策の在り方を、知識やITツールなど多方面から探る。

健康経営より一歩先にある「ウェルビーイング」

 こうした健康経営への注目は、2010年代後半にさらに前進する。健康経営より広い概念の「ウェルビーイング」(Well-being)というキーワードが広まったのだ。ウェルビーイングは直訳すると「良い状態である」という意味だ。ここでいう「良い状態」とは、心身が健康というだけでなく、幸福感や楽しいといった「良い感情を持っている」という意味も含む。

 世界保健機関(WHO)はウェルビーイングを「病気でない、弱っていない」といった状態ではなく、肉体的にも精神的にも、そして社会的にも、全てが満たされた状態を指すと定義。企業に当てはめると、従業員の心身の健康だけでなく「満たされている状態」を保てるよう戦略的にサポートしていくことこそ、健康経営より一歩踏み込んだ“ウェルビーイング経営”の要だ。

ウェルビーイングを構成する5つの要素 企業の従業員に当てはめると?

 従業員のウェルビーイングを実現するために企業は何ができるのか。この問いに対する答えのヒントになるのが、ポジティブ心理学の研究者マーティン・セリグマン氏が提唱した「PERMAモデル」だ。

 PERMAモデルは、人がウェルビーイングな状態にある時の心理状態を表したもの。5つの要素――Positive Emotion(ポジティブな感情)、Engagement(エンゲージメント)、Relation(良好な人間関係)、Meaning(意味/意義)、Achieve(達成感)で構成されている。

 このモデルを企業で働く従業員に当てはめると、次のように整理できる。

PERMAモデルを企業の従業員に当てはめる
Positive Emotion ポジティブな感情 前向きで明るく、モチベーションが高い状態
Engagement  エンゲージメント チームや企業への帰属意識が高く、積極的に関わり合いを持つ
Relation 良好な人間関係 職場や組織内で、良好な人間関係を築く
Meaning 意味/意義 働きがいや働く意義を発見して確立する
Achieve 達成感 仕事での達成感や自己実現、成果

 従業員のウェルビーイングが高い状態とは、表で紹介した内容を高いレベルで維持している状態だ。金銭的な報酬がどんなに高くても、人間関係が悪くて仕事にやりがいがなければウェルビーイングは低くなる。反対にやりがいのある仕事でも、正しく評価されず報酬が仕事に見合っていなければ、やはりウェルビーイングは下がる。さらに、仕事が充実していても私生活を犠牲になっていたら満たされている状態とはいえない。

 そこで企業側は従業員のウェルビーイングを高めるべく、適切な目標設定やスキルアップの支援、社内の円滑なコミュニケーションの推進、定期的な面談やアンケートで従業員の課題を把握して改善に努める、成果を評価して正当な報酬を提示するといった取り組みを行う必要がある。ウェルビーイング経営を実践する多くの企業は、社内ルールや人事制度の整備、コミュニケーションツールなどITツールの活用などで対応している。

 特にコロナ禍以後はテレワークの普及によって、ITツールの役割が大きくなった。オフィスに従業員が集まらなくなったため、Web会議ツールやチャットツールでコミュニケーションを取ったり、ストレスなく業務を続けられるノートPCやリモートデスクトップを整備したりする取り組みも、ウェルビーイング向上につながる。

 PERMAモデルの5要素に加え、もう1つ大切なのが従業員の心身の健康維持だ。例えば、健康被害につながる重労働の排除やストレスの緩和などがある。勤怠管理システムやPCの動作状況をモニタリングして過度な労働を防ぐ取り組みや、ウェアラブル端末を活用してストレスチェックをする企業も登場している。

ウェルビーイングを語る3要素 働き方改革、人材確保、新型コロナ

 ウェルビーイング経営が注目されている理由は大きく3つある。1つ目は働き方改革の流れだ。裁量労働制(労働時間ではなく仕事の質で評価する制度)の拡大や長時間労働の是正を目指す「働き方改革関連法」が18年に制定された。この時期に勤怠管理システムや働き方を刷新した企業も多い。その一方で労働時間の短縮だけに取り組む企業では、仕事を自宅に持ち帰る“隠れ残業”が増えるなど根本的な改革にならない場合もあった。どちらの場合でも、働き方改革という文脈でウェルビーイング経営に取り組むベンチャー企業や外資系企業が紹介され、注目された。

 2つ目は優秀な人材の採用や確保に向けた戦略面だ。幸福学の研究者である前野隆司氏の著書「幸福な職場の経営学」(小学館)では、主観的な幸福度が高い人はそうでない人に比べて「創造性は3倍、生産性は31%、売上は37%高い傾向」「職場において良好な人間関係を構築しており、転職率・離職率・欠勤率はいずれも低い」という米国での研究データを紹介している。従業員のウェルビーイングが高まれば、企業の成長や人材確保の効果を期待できる。

 3つ目は新型コロナウイルスの影響だ。リモートワークの普及で通勤がなくなるといったメリットもあったが、他人とのコミュニケーションが減って孤独感を感じるなどストレスを抱える人も増えた。感染症対策として従業員の健康管理を考えたことで、ウェルビーイングに行き着く企業もある。

いまこそウェルビーイング経営をスタートするとき

 コロナ禍になって2年以上が経過し、すでに世界はウィズコロナの時代に移り変わりつつある。コミュニケーション手段の多様化や柔軟な働き方の広がり、そして健康への意識といったトレンドは今後も続くだろう

 こうした取り組みに注力することで従業員の能力を最大限に引き出し、企業としても成長を続けていく理想的なサイクルを回せる。コロナ禍で一層注目を集めたウェルビーイングは、企業にとって重要な要素になっていく。

 ニューノーマルな働き方が定着し始めている今、社会全体が新しい働き方を模索している今だからこそ、ウェルビーイングに注力した経営を進めるべきだろう。

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