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今アツい?「非デスクワーカー向けSaaS」、有利・不利な事業領域を“中の人”が分析知ってる? 大手企業も注目する「デスクレスSaaS」の世界

» 2022年04月19日 07時00分 公開
[諸岡裕人ITmedia]

 ホテルや工場、飲食店といった現場で働く「ノンデスクワーカー」の業務をデジタル化する「デスクレスSaaS」。前回の連載では、今まで目立たなかったというデスクレスSaaS市場が、ここにきて注目を浴びている背景について、実際にデスクレスSaaSを提供するカミナシ(東京都千代田区)の諸岡裕人CEOに解説してもらった。

 しかし諸岡CEOによれば、デスクレスSaaSの中にも市場が活発な領域と、そうでない領域があるという。今回はそれぞれの領域について、市場が盛り上がる理由とそうでない理由を挙げながら解説してもらう。

(編集:ITmedia NEWS編集部 吉川大貴)

著者:諸岡裕人

株式会社カミナシCEO。航空会社のアウトソーシング業を営む家業での実体験を基に、工場や店舗での紙管理による非効率を減らす現場改善プラットフォーム「カミナシ」を開発。日本の就労人口の半数以上を占めるノンデスクワーカーの働き方を変えるべく現場DXを推進している。


 どのような領域にチャンスがあり、サービスが生まれているのかを見ていこう。筆者は以下の領域が、今後のデスクレスSaaSで盛り上がりを見せていくのではないかと考えている。

  1. コミュニケーション領域
  2. 教育・ラーニング領域

コミュニケーション領域

 現場で働いているスタッフは、オフィスにいる人間に比べて連絡が取りにくい。チャットツールが普及したいま、オフィスワーカーであれば「Slack」や「ChatWork」などでコミュニケーションが取れる。

 しかし、ノンデスクワーカーの場合はそうもいかない。実際にデスクレスSaaSを提供している筆者から見ても、工場の中で誰かを捕まえて話そうとするとき、電話したり、現場に探しに行ったりしなければいけないケースはまだ多い。

 ただこの状況も、現場で業務用のスマートフォンやタブレットが普及していくことで、この状況も変わっていく可能性がある。

 オフィスワークにおいても、メールからチャットツールへの移行が進んでいるように、現場でもチャットツールの導入が進んでいくだろう。この領域で先行しているのは、LINEグループのワークスモバイルジャパンが提供する「LINE WORKS」だ。

photo ワークスモバイルジャパンが公表したARR(公式noteアカウントの記事から引用)

 LINE WORKSはコミュニケーションツール「LINE」をベースに、掲示板やクラウドストレージ機能などを加えたグループウェアだ。ワークスモバイルジャパンが先日公表したARR(年間経常収益)は、2021年11月末で78.7億円。この数字がどれくらいすごいかと言えば、日本のSaaSの中で第7位に当たるという

 ただ、今から参入するのは少し厳しいかもしれない。単なるチャットツールという位置付けだと、すでに“国民的ツール”であるLINEをベースにしたLINE WORKSに勝つのは難しいだろう。誰もが慣れているUI、操作感の滑らかさや画像アップロードの速度など、基本機能のレベルが高いので、もし戦いを挑むなら少し軸をずらす必要がある。

photo BEEKEEPERのUIのイメージ(公式サイトから引用)

 例えば、筆者は「BEEKEEPER」というサービスに注目している。「ノンデスクワーカーのためのSlack」というフレーズを掲げる海外産のSaaSで、チャットに加えてスケジュール管理や、受信したメッセージを自動翻訳する機能などを備えている。

 グローバル企業、例えばヒルトンのような巨大ホテルチェーンの場合、世界中の現場で働くスタッフと円滑にコミュニケーションを取ろうとすると大きな労力がかかる。BEEKEEPERはそういった現場での活用を見込んだソリューションだろう。日本でも、こういった方向性であれば戦える余地があるかもしれない。

教育・ラーニング領域

 次に、現場の従業員を教育し、そのスキルを発揮してもらうという領域でも、デスクレスSaaSが活躍すると考えている。

 オフィスワーカーに比べ、現場ではマニュアルが整備されている場合が多い。中でも製造業などは全ての業務手順が決まっている場合が多く、製造方法や業務の準備だけでなく、掃除の方法まで決まっていることもある。

 言い換えると、マニュアルなどを作る機会も多く、管理する量も膨大ということだ。管理コストも掛かってくるので、ここを効率化するサービスが必要になってくる。

photo TeachmeBizの公式サイト

 現時点ではスタディストが提供する「Teachme Biz」がこの分野をリードしている。電子マニュアルを作成し、クラウド上で管理するサービスで、導入社数は2000社以上(2021年11月時点)。筆者も、自社製品のユーザーと話す中でよく名前を聞く。

 現場があれば、その数だけマニュアルもあるので、多くの業界でニーズが存在する。シンプルな課題ゆえに悩んでいる人が多い領域といえるだろう。一方で、この分野ならではの難しさもある。

 マニュアル管理に求められるのは、大きく分けて(1)電子マニュアルや動画や画像で手順の説明資料を作成する、(2)それをクラウド上で管理する、(3)現場のスタッフがタブレットやスマートフォンで資料を確認できる──の3つ。

 これらがそろえば課題の解決につながる一方で、それぞれの機能は先行サービスも提供しており、差別化が難しい。シンプルな課題ゆえに解決策もシンプルなので、すでにTeachme Bizをはじめとした先行サービスがある状況では「電子マニュアルといえばこのサービス」という認知を獲得しにくい状況になっている。

 対応としては、シンプルな機能の使い勝手を磨き込んでいくか、独自機能の開発などが考えられる。いずれにせよ、コミュニケーション領域と同じく、既存のサービスとは別の特色を出す必要があるだろう。

音声・動画コミュはニガテ? ただしIoT活用で光明も

 逆に、オフィスワーカーでは浸透しているが、ノンデスクワーカーには浸透が難しそうなサービスもある。「ノンデスク」という名前の通り、バーチャルオフィスやWeb会議といったソリューションはやや相性が悪い。現場で働く人は常にPCを開いておらず、これらのツールを活用する場面が少ないのが現状だ。

 一方で、すでに説明した通りコミュニケーション領域自体は相性がいいので、IoTデバイスを活用し、この課題を乗り越えているソリューションもある。

 例えばBONX(東京都渋谷区)やサイエンスアーツ(東京都新宿区)は、独自のイヤフォンとスマホアプリを活用することで、複数人で音声コミュニケーションを取れるサービスを提供している。インカムやトランシーバー、無線機の代替となるソリューションで、それぞれ音声を自動録音できたり、会話内容をAIでテキスト化できたりといった特色がある。


 以前の記事で触れた通り、これまでデジタル技術に馴染んでいなかった現場スタッフも、クラウドサービスに触れる機会が増え、そのメリットを理解し始めている。今後、さらに受け入れの余地が広がっていけば、今後新たな市場が生まれる可能性もあるかもしれない。

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