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「個人に数値目標を定めない」がSaaS解約率を抑えるカギに 継続率99%以上のSmartHRに聞くカスタマーサクセス戦略(1/2 ページ)

» 2022年02月25日 09時00分 公開
[周藤瞳美ITmedia]

 SaaSビジネスの中でも重要な指標である解約率(チャーンレート)。サービスの成長には、月3%未満を維持すべきといわれる。数値のコントロールに悩む企業も少なくない中、人事労務SaaSを提供するSmartHRはこの指標を継続して1%以下に保っているという。

 過去の記事では、同社の芹澤雅人CEOに、指標を追う上での戦略を聞いた。一方で、この数値は経営陣の力だけで成り立っているものではない。SmartHRでは、カスタマーサクセス部門が中心となって、有料オプションなどによる利益や解約率を追いかけている。

 そこで今回は、SmartHRの解約率を抑える現場の工夫を、同社の稲船祐介さん(カスタマーサクセスグループマネージャー)と橋本香里さん(東京CSチーフ)に聞いた。

photo SmartHRの稲船祐介さん(左)、橋本香里さん(右)

 2人によれば、SmartHRのカスタマーサクセス組織はここ2年で急拡大しており、40人程度だった人数も倍近くになったという。これに伴い、体制作りなどで日々試行錯誤が続くものの、KPI設計を工夫したり、蓄積した顧客のデータを活用したりすることで、解約率の維持を実現しているという。

膨らむSmartHRのカスタマーサクセス部門

 そもそもカスタマーサクセスとは「顧客の成功」を目的に、サービスを通して顧客をより良い状態に導いていく考え方や、それを実践する業務、職種のことだ。自社サービスを使うユーザーに成功してもらえれば、継続利用やプランのアップグレード、有料オプションの導入を促すことができ、SaaSベンダーにとっても定期収益の向上につながる。

 人数が倍近くになったのは、このカスタマーサクセスを担当する部署「カスタマーサクセスグループ」だ。22年2月時点では80人以上が所属。メンバーは東京・関西・東海・九州など拠点別のチームに分かれ、セールス担当者と連携を取りながら顧客の支援に取り組んでいるという。

 チームは他にも存在する。例えば2020年に事業拡大に伴って新設した「エンタープライズプロジェクトユニット」は、従業員数が10万人を超えるような大企業に対して導入支援などを行う他、カスタマーサクセス全体の業務プロセスの構築・改善を担うチームや、ウェビナーやメールマガジンといったコンテンツ企画を担うチームもいるという。

「個人に数値目標を定めない」 顧客の成功を見据えたKPIの工夫

 SmartHRのカスタマーサクセスグループが、解約率の維持に向けて重視していることは大きく分けて4つある。

 1つ目はKPIの策定だ。カスタマーサクセスグループでは基本的に、解約率などについてチーム単位では定量的な目標を持つものの、メンバー個人には定性的な目標しか定めていないという。個人に数値目標を定めると、判断がKPIに縛られて、顧客を成功に導く判断ができなくなる恐れがあるからだ。

 例えばセールス部門にプランのアップグレードが見込める顧客を伝えるとき、カスタマーサクセスグループが顧客数という数値目標を持っていると、機能がまだ十分に活用できていない顧客や、そもそもアップグレードの必要性が薄い顧客まで紹介してしまう可能性がある。

 しかし本来カスタマーサクセスとしては、そうした顧客にはプランをアップグレードしてもらうより、まず現在の機能を十分に活用してもらう必要がある。このように、あえて数値目標を達成しない方が正しい選択となるケースもあることから、指標に縛られない本質的な判断ができるよう、メンバー個人には定性的な目標しか定めていないという。

 ただし稲船さんは、この方針についてまだ悩みがあると話す。そもそも事業への貢献を考える上では、定量的な評価が重要であることは言うまでもない。この点については今後も試行錯誤を続けていくという。

 「カスタマーサクセスは『お客さまのためになりたい』という考えが大事な一方で、それが事業成長につながらなければ意味がない。顧客視点と事業視点の双方を持ちながら機能価値を最大化して届けることが、カスタマーサクセスの魅力であり、難しいところ」(稲船さん)

「何が顧客の成功か」の定義にデータ活用

 2つ目は、顧客がサービスをどのように使っているかという情報をデータ化し、顧客の成功に向けて活用することだ。

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