橋本さんによれば、SmartHRにおける顧客の成功は、大きく分けて導入フェーズと運用フェーズの2段階で発生するという。導入フェーズでの成功は、SmartHRの機能を最大限に活用してもらうこと。運用フェーズでの成功は、SmartHRを通じて人事労務以外の業務の改善といった課題解決を実現することだ。
SmartHRの場合、解約率に影響を与えやすい傾向があるのは導入フェーズの成功だ。これを踏まえSmartHRでは、導入が決まった直後に顧客とヒアリングし「この企業にとって、導入フェーズの成功とは何か」というゴールを設定。その後も定期的にミーティングを開きながら、機能活用に向けた支援を実施している。
このときゴールとして設定する数値が、顧客によるサービスの活用状況を示す指標「ヘルススコア」だ。例えば機能ごとの利用率や、従業員がどれだけログインしているかの数値などがヘルススコアになり得るという。
ただ、具体的にどういった数値をヘルススコアに定めるべきかは、企業の状況などによって異なる。こういった場面で役立つのが、SmartHRがこれまでに蓄積した、自社サービスの利用状況についてのデータだ。
SmartHRではヘルススコアを定めるとき、社内のデータアナリストがまとめたデータを活用している。このデータは既存顧客から集めた、各機能の利用率や問い合わせの数といった数値を一覧化したもので、定期的な社内ミーティングで「どんな指標を追えれば新しい顧客を支援しやすくなるか」「どんな指標を新たに追加すべきか」などを検討するときに使うという。
データを活用して、解約しそうなユーザーを引き留める取り組みも行っている。SmartHRは21年に、データアナリストがまとめたデータを基に、各機能の利用率などに基準値を設け、それを下回った企業には積極的なサポートを提供する「アラート基準」という取り組みを開始。1年程度続けた結果、数百万円のMMR(月次収益)維持に結びついたという。
3つ目は、組織の柔軟性だ。「機能追加などによってプロダクト自体が進化し、利用企業の業種・業態・規模も多様になる中、カスタマーサクセスのサービスのクオリティーを維持し続けるためには、組織も進化し続けなければならない」と稲船さん。
事業拡大により、ここ2年は組織の拡大が続いているというカスタマーサクセスグループ。実はこの間、カスタマーサクセスグループの体制は、3カ月〜半年程度のスパンで変化し続けてきたという。現在の組織体制も完成形というわけではなく、市場の動向などに柔軟に変更していく方針だ。
最後は、開発組織やセールスなど、社内の別組織とも柔軟に連携を取ることだ。
SmartHRにおいて、解約率はカスタマーサクセスグループが責任を持つKPIだ。一方、過去の記事でも説明した通り、同社では解約率やLTV(Life Time Value:顧客生涯価値)といった数値を社内全体に公開するなどして、社員全体で解約率を抑えられるような環境作りに取り組んでいる。
カスタマーサクセスのチームが拠点ごとに分かれているのも、こういった社内の方針を踏まえたものだ。地方に拠点を置くことで、顧客の細かな現場の情報を、同じ拠点のセールス担当者からカスタマーサクセス担当者に引き継げるため、受注後に顧客側に新たに課題が出てきたときも連携して対応できるという。
セールス部門とだけでなく、開発部門との積極的なコミュニケーションも心掛けている。例えば将来実装する機能やその開発スケジュール、優先度などを議論する開発部門主催の会議にも、カスタマーサクセスグループのメンバーが積極的に参加しているという。
「カスタマーサクセスが向き合うユーザー課題は、あくまでプロダクトを通じて解決することが前提。例えば顧客から『この機能が足りない』と指摘されたとき、カスタマーサクセス担当者のアイデアで機能改善に頼らず切り抜ける方法も取れなくはない。しかし、その提案は後々機能がアップデートされた際に使えなくなる。他のユーザーの課題解決にも結び付かない」(橋本さん)
2人に聞いて分かった、解約率を抑えるSmartHRの取り組みは以下の4つにまとめられる。
SaaSの指標を追いかける中では、つい目先の数値だけに気を取られることもあるかもしれない。しかしSmartHRのように、中長期的な視点を持った取り組みが奏功することもある。少なくとも解約率については、足元の指標を追いかけるだけではない考え方が重要そうだ。
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