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“同人ハード”が「CES」で賞を取るまで メタバース住人が愛用する「HaritoraX」誕生の軌跡(2/3 ページ)

» 2022年04月30日 16時00分 公開
[山川晶之, 石井徹ITmedia]

夜なべして作った初代「Haritora」

 HaritoraXの開発者、izm氏は2018年からVRChatに参加しており、いわば“メタバース原住民”でもある。同氏は、Haritoraの開発動機を「積もり積もったものがあって」と振り返る。

 VRChatがリリースされた最初の頃は、VR向けのモーション・トラッキングデバイスは選択肢が限られていた。業務用のモーションキャプチャーデバイスは検知精度が高いものの、安くても10万円以上と高額なものが多い。「HTC Vive」のような特定の空間内をトラッキングするVRデバイスもあるが、光学的に体の動きを読み取るため、センサーを搭載したベースステーションを部屋に複数設置する必要があるなど、スペースに限りのある日本の住宅事情になかなかそぐわない。

 izm氏は当時、大手Vtuberの配信支援に携わっていたが、セットアップにスペースや専門知識が必要なベースステーション方式に課題感を持っていたという。特にスペースの問題は切実で、米Microsoftの「Kinect」を使って、力技で足のモーションデータを取ろうとする人もいたようだ。

 また、光学式の場合、体に付けたトラッカーがセンサーの死角に入ってしまう欠点があり、結果、VR内のアバターが人間ではありえない動きをする現象が起こってしまう(VRChatユーザーは『トラッカーが飛んだ』と呼ぶようだ)。このため、精度は多少低くとも、IMU(ジャイロセンサーなどを使った慣性計測方式)を使ったトラッカーに需要があった。

 そうした発想から作られたのがHaritoraだ。IMU方式を採用し、ケーブルのコネクターは有線LANで使われているRJ45。BluetoothでPCと接続することでコストを抑えた。ハードウェアは3Dプリンタで制作し、回路設計やツールのUIデザイン、認証システムは知人のエンジニアやデザイナーに制作を依頼。ハードの組み立てやソフトウェアのコーディングはizm氏自身で行ったという。「友達同士でやってる同人サークルみたいだった」(izm氏)と当時を振り返る。

izm氏が自宅で“生産”していた初代「Haritora」

 構想から約1年、初代Haritoraを2020年7月に受注開始すると、たちまち想像を超える反響があったという。izm氏のもとには大量の注文が届き、自宅に3Dプリンタを6台設置してフル稼働で生産。プリンタのフィラメントを交換しながら「毎日30分の睡眠を何回か取る」生活スタイルを送ることになる。当初はハンダ付けや検品も一人で行っていたようで、Haritoraの初代機を見せてもらうと、電子部品の足の切り方に手作り感が垣間見えた。

 その後、スロベニアの3Dプリント工場にアウトソーシングしたり、組立スタッフを動員するなど仕事量を分散していったが、結果的に体調を崩してしまう。一部発送に使っていた最寄りのコンビニオーナーから「何やってる方なんですか?」と尋ねられるほどだったという。

「Haritora」を固定するバンドは、会社を探し回った結果、大阪にある自転車向けの裾止めバンドを製造する企業に頼み込んだという

2人の出会いは2020年のクリスマスイブ

 同人ハードとしては異例の大ヒットにあえいでいたところ、量産化を支援したのがShiftallの岩佐氏だった。

 Shiftallはパナソニックという大企業の完全子会社でありながら、独立したスタートアップ企業でもあるというユニークな企業だ。ハードウェアスタートアップの「Cerevo」を源流としており、大企業の技術と調達力を武器に、独自の製品を開発・販売している。

 元Cerevo代表取締役でもあり、Shiftallの指揮を執る岩佐氏は、当初VRにそれほど関心を寄せていなかったものの、コロナ禍をきっかけに、メタバースの可能性に気付く。純粋なテクノロジーへの興味からHMDに触れ、ゲームやVRChatなどを体験するうちに、VRの世界に自然とのめり込んでいった。

 さらに、次々とロックダウンが実施された20年4〜5月にかけて、世界中でHMDの在庫が姿を消したという。「(メタバースの)最初のドライブをかけたのはおそらくCOVID-19」と岩佐氏は分析する。

 izm氏はHaritoraを発売後、バグチェックのためにClusterを訪れていた。そこで同社のとみね氏が尋ねる形でHaritora製造の悩みを打ち明けたところ、紹介されたのが岩佐氏だったという。とみね氏と岩佐氏は古くからの知り合いで、一緒にサバゲーをする仲。かくして2人は、2020年のクリスマスイブにVRChat内で初顔合わせをし、Haritoraの量産にフェーズを進めることになる。

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