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文章を書くことと「ポメラ」という道具の奇妙な関係 その誕生から14年で「文房具」に到達するまで(3/6 ページ)

» 2022年07月31日 07時00分 公開
[納富廉邦ITmedia]

コンパクトさを捨てたDM100

 いやいや、ポメラは文章を書くマシンでしょう、という原点回帰を試みたのが2011年に発売した「DM100」なのだけど、実は、このマシンは原点回帰のようで、大きな方向転換だった。つまりは、コンパクトであることの放棄である。もう、ノートPCより小さければ十分だろうという割り切りのもと、キーボードをストレートタイプにした。

photo ギミックなしの2011年発売「DM100」

 その結果、キー入力は圧倒的に快適になった。単にストレートにしただけでなく、折り畳みをやめたおかげで、キータッチも向上。さらに、キーの端を打ってもきちんと入力できるなど、キーボード周りのストレスをほとんど取り除くことに成功した。

 この製品が出た時、筆者は、そこらのノートPCよりもはるかに打ちやすいことに感動したものだ。このキータッチの良さがあったからこそ、Bluetoothによるスマホやタブレットの外部キーボードとしても使えるという機能にも説得力があった。

 ただ「DM100」がコンパクトさを捨てて、テキスト入力のしやすさに走ったということは、「デジタルメモ」ではなく「文章を書く」マシンになったということである。

 キングジムは気がついていなかったのかもしれないが、実は、「メモを書く」ことと「文章を書く」ことは、その文字数だけではなく、内実も全く別物なのだ。そして、その意味で、「DM100」はメモは取りにくいけど文章は書きやすいマシンになってしまった。

 難しいのは、「テキスト入力に特化したマシン」というコンセプトには何のブレもないということだ。最新の「DM250」に至るまで、そこだけは、絶対に外さないまま、14年もアップデートし続けるというのは凄いことなのだ。

 それはそうなのだけど、世の中における「テキスト入力」の役割や位置づけはどんどん変わるし、もはや普通の行為となった「テキスト入力」の内実は、発売当時に比べて、とても広がってしまった。これ以降、ポメラはポメラのまま、「ポメラである意味」だけが、次々と変わっていくことになる。

 「DM100」は名機だったと今でも筆者は思っている。それは、多分、筆者が1万字以上の長文を日常的に書く仕事をしているからかもしれないが、ようやく「デジタルメモ」という、「あってもなくても良いけど、あったら嬉しい」という役割から、「文章を書く道具」になった最初のマシンだと思うからだ。

 かつて、ワープロが流行した時、多くの作家が執筆環境をワープロに移すか、手書きを続けるかで悩んでいた。そういうエッセイやインタビューを至るところで読んだ。揚げ句は「ワープロ文体」なる言葉まで登場したのだけど、それくらい執筆環境というのは、文章を書くという行為に影響を与える。

 例えば、筆者は字が下手なのだけど、そのせいで、手書きで文章を書くと、その下手な文字に引っ張られて、文章まで拙くなってしまう。だから、ワープロは福音だった。書いた文字が読めなくて、読んだ人に迷惑をかけるという以上に、自分が書いた文章を自分で読んだ時に気分が悪くならないというのが、とても大きく、ワープロがあったから、プロのライターになれたといっても全然過言ではないのだ。

 だから、「DM100」が出た時、ようやく持ち歩けるワープロが出たと思ったのだ。しかも、スマホやタブレットがある時代にも通用するワープロになっていることが嬉しかった。

 「デジタルメモ」の役割は、多分、スマホに任せることにしたのだ、それは正解の道のようにも思ったのだが、ところがそういうものでもなかった。当然だが、普通の人たちはそんなに長文を書かない。だから、折り畳みキーボードが良かったという声が多く聞かれた。作家が使うケースが増えてきたのもこの頃で、そのことが多分、ずっとポメラを引き裂いていくことになる。

 「DM100」の機能をそのままに、折り畳み式キーボードにした「DM25」が出たのは、その流れからは当然なのだけど、問題は、折り畳みかどうかではないというか、「デジタルメモ」という存在はスマホに取って代わられているという状況だ。

 「DM100」を小さくすれば長文書かない派の人にも使ってもらえるというには、「DM100」は長文書きマシンとして、ちゃんとしていた。メモを素早く取るために便利な機能は、ほとんどなかったし、既に、フリック入力や音声入力が普及し、高画質の写真が簡単に撮れる時代に、フルキーボードは入力デバイスとして、長文以外のメリットは少なくなっていたのだ。

 また、この頃には、三菱鉛筆の「ジェットストリーム」やパイロットの「フリクションボールノック」などが牽引する形で、手書きが見直されてきていて、キングジムでもメモ帳に書いた文字を手軽にスマホで撮影してデジタル化できる「SHOT NOTE」を発売している。

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