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農水省がSF小説を制作 “2050年の食卓”を描く 担当者に聞く、官庁流「SFプロトタイピング」の使い方SFプロトタイピングの事例を紹介(1/3 ページ)

» 2022年09月02日 07時30分 公開

 こんにちは。SFプロトタイパーの大橋博之です。

 この連載では、僕が取り組んでいる「SFプロトタイピング」について語ります。SFプロトタイピングとは、SF的な思考で未来を考えた上で、実際にSF作品を創作して企業のビジネスに活用することです。

 そうはいってもイメージが湧かないかもしれません。そこでSFプロトタイピングの実践事例を紹介します。今回は、農林水産省が「フードテック」(食×テクノロジー)を題材に2021〜2022年に取り組んだ内容を取り上げます。

 取材を進めると、農林水産省大臣官房政策課の高梨雄貴さん(農林水産省大臣官房政策課 企画官)と室木直樹さん(企画・技術グループ 係長)から大変興味深いお話をお伺いできました。取材は僕と、ITmedia NEWSで本連載を担当している編集部の荒岡瑛一郎さんの2人で農林水産省を訪ねました。

photo 左から農林水産省大臣官房政策課の高梨雄貴さん(農林水産省大臣官房政策課 企画官)、室木直樹さん(企画・技術グループ 係長)

農林水産省がSFを活用 出来上がった4つのSF小説

 今回取材したSFプロトタイピングの事例は、農林水産省大臣官房政策課が事務局を務めていた「フードテック官民協議会」の「2050年の食卓の姿ワーキングチーム」です。テーマは「2050年の食卓の姿」で、関心を持って参加した協議会の会員と一緒に21年秋〜22年春にかけて活動し、最終的に4つのSF小説を完成させました。

 SF小説は、SF作家の松崎有理さんと柴田勝家さんがそれぞれ5000〜8000字ほどの作品を2作品ずつ執筆しました。

  • 松崎さんの作品:「山のくらし」「街のくらし」
  • 柴田さんの作品:「美はまた近くになりにけり」「くらやみマンションS.O.S」

 どちらも農林水産省のWebサイト上で読むことができます

photo 完成した4つのSF小説(上2つ:松崎さんの作品、下2つ:柴田さんの作品)

「映画は好きですが、それと政策がどう結び付くの?」
農林水産省がSFプロトタイピングを活用するまで

 SFプロトタイピングを行ったフードテック官民協議会は、2020年10月に設立された組織です。食品企業やベンチャー企業、研究機関、関係省庁などに所属する約1000人が参加しています。資源循環型の食料供給システムの構築といった協調領域で、課題解決と新規市場の開拓に向けて具体的な議論や活動をするのが目的です。

 活動内では取り上げるテーマごとに「ワーキングチーム」を設けていて、そのテーマの一つが2050年の食卓の姿でした(他には細胞農業やスマート育種産業化、ヘルスフードテックなどさまざまなテーマがあります)。

 2050年の食卓の姿ワーキングチームでは、中長期的な生活スタイルの変化や食料供給の課題、技術動向などについて議論します。これを踏まえて、将来の食卓の在り方やその実現に向けて取り組むべき事項を整理し、豊かで健康的で持続的な将来の食卓を実現するためのビジョンを作成して広く発信することを目的に活動してきました。

photo 高梨雄貴さん

 「協議会ができた2020年の半年間は、2050年の食卓の姿はどうなるかを議論し、成果物としてイラストを1枚作成しました。2021年になって『ビジョンをもっと明確な形に残した方が良い』となり、どのような手法で作ったら良いか議論しました。そのとき、協議会に参加していた三菱総合研究所から『SF思考を活用してビジョンを作ってみるのはどうだろう』と提案がありました」(高梨さん)

photo 室木直樹さん

 「三菱総合研究所さんによると『人物を登場させて物語にした方がリアリティーと臨場感が出てくる』とのことでした。2020年に作製したイラストから一歩進んで文章にするという提案を採用して、SFプロトタイピングを始めることになりました」(室木さん)


  三菱総合研究所は早くからSFプロトタイピングに着目しており、そのノウハウをまとめた書籍「SF思考 ビジネスと自分の未来を考えるスキル」(ダイヤモンド社)を2021年に刊行しています。高梨さんと室木さんは三菱総合研究所と一緒に、SFプロトタイピングの事務局とファシリテーターを務めました。

 「当時、SF思考は全く知りませんでした。小説や映画は好きですが、それと政策がどう結び付くのか? と最初に聞いたときは理解できませんでした。でも、SF小説を使って何かを表すというのは斬新な取り組みだと感じました」(高梨さん)

 「私はSF小説を読まなくて、学術書を読むタイプです。そんな私でもアイデアを出せるという手法に興味がありました。どのように議論に参加できるんだろうというワクワク感はありました」(室木さん)

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