より高度なコンピューティング、例えばリレーショナルデータベースの構築や活用、APIをたたいてデータ取得といった学習は、高校の「情報I」から始まる。
ところが、高校は国からの公立学校情報機器整備費補助金の対象ではなかったため、1人1台端末を実現している学校は少ない。よって一部の学科、例えばサイエンス科やフロンティア科、情報化といったエリート学科からまず先に、個人端末持ち込みを許可するなどの施策がとられている。
多くの高校では、いまだコンピュータ教室で情報の授業を回しているところも多い。もともとこうした学びは、ある一定水準以上のコンピュータでなければ難しい事もあり、1人1台端末ではそもそもできないという事情もある。
自治体としては、公立高校のレベルアップは当然必要だと考えており、1人1台端末は難しくても、コンピュータ教室だけならなんとか頑張りたいところだろう。一方で公立校では、先生の転勤がある。ITに詳しい先生、いわゆる「スーパーティーチャー」がいるうちは良かったが、転勤してしまうとさっぱり訳が分からない状態になり、今度は転勤先のが学校が急にITが強くなったりと、入学させる保護者側としては、まさにばくちのような状態になる。
対して私立校では、先生の転勤は基本的にないため、スーパーティーチャーを長期間キープできるというメリットがある。筆者もITリテラシー教育の有識者会議で、私立のスーパーティーチャーと知り合いになる機会も多いが、この先生がずっといるなら大丈夫だろうという学校はいくつかある。
一方で、コンピュータ教室の刷新などは公費が投入されず、頼みは保護者の寄付金やプール金の切り崩しとなる。保護者にとっては、授業料こそ自治体からの助成金が出て公立校と変わらなくなってきているとはいえ、こうした寄付金の負担は大きくのしかかる。偏差値の高いエリート校なら、こうした高度な教育に対する費用負担はある程度保護者の理解は得られやすいだろうが、公立校と競争状態にある私立校はなかなか厳しいだろう。
公立と私立の選択は、「設備か人か」の選択にもなり得る。そんな中で、さらにコンピュータ教室をSTEAMラボ化しましょう、という話が空から降ってきたのが、今である。
科学、技術、工学、芸術、数学において、どんな設備をどのように、どれぐらい設置すれば足りるのか。そのコーディネーションを誰がするのか。先生方も研究会などで先進事例などは勉強しているとは思うが、自分ではやったことがないことを、授業の傍らに大きな予算を動かしてやるというのは、相当しんどいはずである。
仮に導入にIT企業のサポートがあったとしても、それらの設備はずーっと動かし続けなければならない。もちろん、それらの設備も数年おきに更新がかかる。
先進的な教育の話になると、どうもお金と人の問題が後回しになる傾向があるが、その結果が放置されたコンピュータ教室を生んだわけである。「まだつぶすな」というのは分かるが、その先まで行けるのは、お金と人のめどがついている一部の先進校だけなのではないだろうか。
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