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バッテリーなしで無線送信できる装置 “ほぼ電力不要”で最大距離7mを達成 米ワシントン大が開発Innovative Tech

» 2023年02月01日 08時00分 公開
[山下裕毅ITmedia]

Innovative Tech:

このコーナーでは、テクノロジーの最新研究を紹介するWebメディア「Seamless」を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。Twitter: @shiropen2

 米ワシントン大学に所属する研究者らが発表した論文「Communication by means of modulated Johnson noise」は、抵抗とアンテナをつなぐスイッチを接続・切断するだけで、情報を無線送信できる新しい超低消費電力通信方式を提案した研究報告である。

 スイッチの開閉に電力を使用するだけで、それ以外は電力を必要とせず情報を無線送信できるという。またスイッチの駆動を太陽電池に置き換える方法で、バッテリー不要の送信機も試作した。

バッテリー不要の送信機プロトタイプ

 抵抗体の内部では電流を運ぶ電子が熱運動している。このような電子の不規則な熱振動を熱雑音(サーマルノイズ/ジョンソンノイズ)という。今回の新方式では、この熱雑音が接続されたアンテナの電子に影響を与え、アンテナから電波を発生させる仕組みを利用する。

 熱雑音が発生する抵抗器と発信するアンテナとの間をスイッチで開閉することが、今回の無線方式のON/OFFとなる。回路のスイッチだけに電力を必要とするため、非常に低消費電力で済むのが特徴である。ただし、送信機はほとんど電力を消費しないが、受信機は他の無線通信システムの受信機と同様に電力を消費する。

抵抗器とアンテナをつなぐ回路をスイッチングすることでON/OFFを行う

 送信機と受信機を設計・実装する。送信側には、RFスイッチと開回路、短絡の切り替え制御、抵抗負荷接続のための処理部を設ける。受信側では、設置した2つの低雑音増幅器(LNA)が送信される低電力信号を良好なS/N比を維持しながら増幅する。

 2つのLNAの間にはバンドパスフィルターが追加されており、受信したデータはラップトップPCや小型コンピュータ(例:Raspberry Pi)で処理することができる。送信機と受信機、どちらもピラミッド型ホーンアンテナを構築した。

(A)送信機の設計、(B)受信機の設計、(C)送信機のプロトタイプ、(D)受信機のプロトタイプ

 実験では、まず無響室内で温度の大きく異なる2つの50Ω負荷を切り替えてデータ通信のテストを行う。この実験は、熱雑音を本当に使っているのかという問いに答えるものだ。もし本当に熱雑音を使っているのであれば、異なる温度で2つの同じインピーダンスを使ってもうまくいくはずである。結果、室温(セ氏約22度)の50Ω負荷と、液体窒素(セ氏約-196度)に浸した50Ω負荷とを切り替えてもデータを変調できた。

 次に、システムが野外でどれほどの精度で実行できるかを調べた。結果、1.5mではデータ転送速度26bps、4.5mでは22bps、最大通信距離は7.3m(5bps)を達成できると分かった。

屋外での通信距離を評価した実験の様子

 これらの結果は、インピーダンス整合された抵抗を選択的にアンテナに接続・切断することで、後方散乱通信や周囲散乱通信のように、送信側・受信側ともにアクティブな発振器や、既存のRFキャリアがなくても、データを無線送信することを実証した。機器が発生するRF信号や周囲のRF信号に依存しないわけだ。

 さらに研究チームは、送信機の電源を小型の太陽電池に置き換え、バッテリー不要の送信機を試作しテストしたところ、変調された熱雑音によって情報を送信することに成功した。

 今後は、データ転送速度と通信距離を向上させ、埋め込み型機器などのアプリケーションでテストするとしている。

Source and Image Credits: Kapetanovic, Zerina, Miguel Morales, and Joshua R. Smith. “Communication by means of modulated Johnson noise.” Proceedings of the National Academy of Sciences 119.49 (2022): e2201337119.



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