例年11月には、幕張メッセにて国内最大の映像機器展「Inter BEE」が開催される。2022年もリアルイベントとして開催され、筆者も取材に行くはずだったが、その1週間前に新型コロナに感染してしまい、泣く泣く全ての予定をキャンセルせざるを得なかった。
もし無事に行けていたら現地でデモを見るはずだったのが、ミハル通信の「ELL」シリーズである。ミハル通信は鎌倉に本社を構える、ケーブルテレビ向けエンコーダーの老舗メーカーだ。
ミハル通信では2018年にBS左旋で8Kの実用放送がスタートしたのを契機に、館内放送用8K放送機器として、ARIB仕様の8Kエンコーダー開発に着手した。ただその8Kエンコーダーは、放送用の変調器と組み合わせてアンテナ線経由で8KTVに接続するもので、カメラから8KTVまでの遅延は2秒以上あった。
イベント等でこのデモを行った際に、多くの方から遅延の少ない8K伝送方式のニーズがあるとわかった事から、独自エンコーダーとデコーダーの組合せで8Kを超低遅延で伝送するシステム「ELL8K」の開発に着手、商品化した。ELLとは、Extreme Low Latencyの意味である。映像・音声信号をELL8Kのハードウェアエンコーダーへ入力、その出力をIPで出す。反対側は専用ハードウェアデコーダーで受け、映像・音声信号に復元する。
ただ8K伝送はNHKにしか需要がないということ、市場にはまだまだ2K・4Kの需要が大きいことから、この低遅延という特徴を行かし、2K・4K用の「ELL Lite」の開発へと進んでいる。
多くの取材では、すでに発表済み、発売済みの技術に関して取材対応してくださる例は多いが、まだ開発中の技術に関して取材を受けていただける例は少ない。今回はミハル通信に、現在開発中の「ELL Lite」と、22年のInter BEEで好評だった音声低遅延伝送について取材させていただいた。
8K向けエンコーダー・デコーダー「ELL8K」は専用線直結であれば、カメラ映像からモニターまでの遅延時間(Glass to Glass)としては100msec弱といった低遅延を誇る。1秒60フレームとすれば、だいたい6フレームという事になる。
ただ遠距離伝送を考えた場合、その間を専用線で直結するという方法は考えにくい。普通はNTTフレッツ網を使うということになる。ただIPv4のような一般のインターネット網を通ると各所での遅延が重なっていくため、IPv6網内だけで完結するようネットワークを組むのが現実的である。
こうした方法を取れば、幕張・東京間の折り返しではGlass to Glassで150〜200msecという遅延量になる。1秒60フレームとすると、だいたい10〜12フレームぐらいか。まあまあの遅延量ではあるが、過去の実績では秒単位の遅延であった事を考えれば、かなりの低遅延である。
一方でこの技術を使えば、音声だけなら非圧縮で相当な低遅延が実現できる。もしかしたら遠隔地同士をつないだジャムセッションやレコーディングができるのではないか。これを思い付いたのは、ミュージシャンを兼業するミハル通信の社員だったという。だいたいどのメーカーさんにお話しを聴いても、こうした世間をひっくり返すトンデモ技術の発想は、「変わった社員」から生まれることが多い。
実際にテストしてみたところ、IP直結なら非圧縮音声を1.5msecという驚異的な遅延量で伝送できる事がわかった。このスピードは、1フレームの1/10以下である。位相計を使えば遅延を検出できるだろうが、人間の耳で聴いても遅れを感じないだろう。
Inter BEE 2022では、フレッツIPv6網を使って鎌倉-大阪間の折り返しの音声をモニターするというデモを行なった。結果、17.6msecで伝送できた。だいたい1フレームぐらいである。往復なので、片道なら半分の1フレーム以下で伝送できる。IPv6であるとはいえ、一般回線を使っての伝送では相当速い。
Inter BEEの展示では、映像/音声伝送の展示も行なわれたが、オーディオ関係者からこの極超低遅延音声伝送が大いに注目された。
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