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IP網なのに「超低遅延」かなえるミハルの挑戦 鎌倉・大阪間往復を17.6msecで音声伝送小寺信良の「プロフェッショナル×DX」(1/2 ページ)

» 2023年03月10日 10時00分 公開
[小寺信良ITmedia]

 例年11月には、幕張メッセにて国内最大の映像機器展「Inter BEE」が開催される。2022年もリアルイベントとして開催され、筆者も取材に行くはずだったが、その1週間前に新型コロナに感染してしまい、泣く泣く全ての予定をキャンセルせざるを得なかった。

InterBEE2022でのミハル通信サイトの様子(ミハル通信提供)

 もし無事に行けていたら現地でデモを見るはずだったのが、ミハル通信の「ELL」シリーズである。ミハル通信は鎌倉に本社を構える、ケーブルテレビ向けエンコーダーの老舗メーカーだ。

 ミハル通信では2018年にBS左旋で8Kの実用放送がスタートしたのを契機に、館内放送用8K放送機器として、ARIB仕様の8Kエンコーダー開発に着手した。ただその8Kエンコーダーは、放送用の変調器と組み合わせてアンテナ線経由で8KTVに接続するもので、カメラから8KTVまでの遅延は2秒以上あった。

 イベント等でこのデモを行った際に、多くの方から遅延の少ない8K伝送方式のニーズがあるとわかった事から、独自エンコーダーとデコーダーの組合せで8Kを超低遅延で伝送するシステム「ELL8K」の開発に着手、商品化した。ELLとは、Extreme Low Latencyの意味である。映像・音声信号をELL8Kのハードウェアエンコーダーへ入力、その出力をIPで出す。反対側は専用ハードウェアデコーダーで受け、映像・音声信号に復元する。

 ただ8K伝送はNHKにしか需要がないということ、市場にはまだまだ2K・4Kの需要が大きいことから、この低遅延という特徴を行かし、2K・4K用の「ELL Lite」の開発へと進んでいる。

 多くの取材では、すでに発表済み、発売済みの技術に関して取材対応してくださる例は多いが、まだ開発中の技術に関して取材を受けていただける例は少ない。今回はミハル通信に、現在開発中の「ELL Lite」と、22年のInter BEEで好評だった音声低遅延伝送について取材させていただいた。

Inter BEEでの意外な反響

 8K向けエンコーダー・デコーダー「ELL8K」は専用線直結であれば、カメラ映像からモニターまでの遅延時間(Glass to Glass)としては100msec弱といった低遅延を誇る。1秒60フレームとすれば、だいたい6フレームという事になる。

 ただ遠距離伝送を考えた場合、その間を専用線で直結するという方法は考えにくい。普通はNTTフレッツ網を使うということになる。ただIPv4のような一般のインターネット網を通ると各所での遅延が重なっていくため、IPv6網内だけで完結するようネットワークを組むのが現実的である。

 こうした方法を取れば、幕張・東京間の折り返しではGlass to Glassで150〜200msecという遅延量になる。1秒60フレームとすると、だいたい10〜12フレームぐらいか。まあまあの遅延量ではあるが、過去の実績では秒単位の遅延であった事を考えれば、かなりの低遅延である。

 一方でこの技術を使えば、音声だけなら非圧縮で相当な低遅延が実現できる。もしかしたら遠隔地同士をつないだジャムセッションやレコーディングができるのではないか。これを思い付いたのは、ミュージシャンを兼業するミハル通信の社員だったという。だいたいどのメーカーさんにお話しを聴いても、こうした世間をひっくり返すトンデモ技術の発想は、「変わった社員」から生まれることが多い。

 実際にテストしてみたところ、IP直結なら非圧縮音声を1.5msecという驚異的な遅延量で伝送できる事がわかった。このスピードは、1フレームの1/10以下である。位相計を使えば遅延を検出できるだろうが、人間の耳で聴いても遅れを感じないだろう。

 Inter BEE 2022では、フレッツIPv6網を使って鎌倉-大阪間の折り返しの音声をモニターするというデモを行なった。結果、17.6msecで伝送できた。だいたい1フレームぐらいである。往復なので、片道なら半分の1フレーム以下で伝送できる。IPv6であるとはいえ、一般回線を使っての伝送では相当速い。

ELL Liteを使った極超低遅延音声伝送システムデモの様子(ミハル通信提供)
ELL Liteのシステム接続構成図

 Inter BEEの展示では、映像/音声伝送の展示も行なわれたが、オーディオ関係者からこの極超低遅延音声伝送が大いに注目された。

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