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IP網なのに「超低遅延」かなえるミハルの挑戦 鎌倉・大阪間往復を17.6msecで音声伝送小寺信良の「プロフェッショナル×DX」(2/2 ページ)

» 2023年03月10日 10時00分 公開
[小寺信良ITmedia]
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ELLが解決する「問題」

 現在開発中の「ELL Lite」では、映像・音声のうち、音声だけ先に伝送するという機能が実装されている。これまで、「映像と音声はリップシンクが合った状態で伝送されるもの」というのが常識だった。だが映像に合わせると、音声も一緒に遅れてしまう。一方このモードでは、音声だけはほぼリアルタイム並みの遅延で先に到着し、映像が遅れて到着する事になる。

ELL liteのプロトタイプ
同背面

 昨今のIP伝送では、低ビットレートながら高画質ということでSRT(Secure Reliable Transport)が使われる事も増えているが、遅延が気になるという人も出てきている。例えばトークイベントで、複数の場所を結んで中継を行なう場合、進行の一部分をゴソッと相手先に任せてしまえば、遅延があってもそれほど問題にはならない。だが離れた場所同士での掛け合いとなると、遅延があって話がかみ合わないということが起こる。この現象は、リモート会議が増えたことで多くの人が経験済みだろう。

 だが音声だけはほぼほぼリアルタイムで届くのであれば、中継先とのやりとりにも不自由はない。電話と同じで、相手の姿を見なくても会話は成り立つからである。

 なおELL Liteでは、リップシンクが合った音声は映像にエンベデッドして伝送する機能も実装する。従って、現場でパフォーマンスする演者のモニターには先送りの音声を使ってもらい、配信にはエンベデッドした映像と音声を使うということも可能だ。

 ミハル通信では、音声だけでいいというニーズが予想外に多かったことから、ELL Liteの開発と平行して、音声だけのELLを製品化するか、検討中だという。

 例えばラジオ局では、コロナで一箇所に集まれないからという理由だけでなく、移動なしで現地から出演してもらえば、多くのゲストに出演依頼が可能になる。現在は遅延を嫌って低音質でつないだりしているが、非圧縮で超低遅延なら、放送のクオリティーは爆上がりする。

 またレコーディングスタジオでも、遠隔地にあるスタジオ同士を結んで複数のミュージシャンが同時に演奏、その状態を録音するといった使い方も想定される。

 またもう1つ、ELLを使う事で、IP伝送における同期の問題の解決にも寄与するなのではないかと期待されている。現在IP伝送上での同期は、ネットワークでの時刻同期技術であるPTP(Precision Time Protocol)が利用されている。これはマイクロ/ナノsec単位での時刻情報を送る仕組みで、従来型の同期信号であるBlack Burst(BB)の分配に代わる手法として、国際標準のIP伝送規格「SMPTE ST 2110-10」の中でも定義されている。

 ただPTPの難点は、伝送経路の中にPTPを解しないスイッチ等があると、同期が取れなくなってしまうことである。自前で全て結線できるのであれば、PTP対応装置だけを集めてネットワークを組めるだろうが、汎用回線を通す場合には、途中の全部がPTP対応機器である保証はない。

 そうした場合、PTPパケットを含むSMPTE ST 2110-10をELLでエンコードし、PTPのタイミングをELL独自クロックに移し替える。それをフレッツ網や5G網で伝送し、デコーダー側でクロックを同期、そこからPTPパケットを復元するという方法論である。

 8Kの低遅延伝送からスタートしたELLだが、これを構成する技術の一部分だけを切り出しても、十分に現時点での課題をクリアするソリューションになりうる。基本的には送り側と受け側のハードウェアにつなぐだけなので、細かい理屈は分からなくても「ものすごい速いパイプ」として認識されれば、受け入れ市場は相当大きいのではないだろうか。今から注目しておいても損のない技術である。

 ミハル通信株式会社

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