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粘菌100万体の振る舞いを個別計算、ラット脳細胞で機械学習──ライゾマ真鍋氏が見せた「AIの少し先の未来」(3/4 ページ)

» 2023年07月01日 10時00分 公開
[林信行ITmedia]
EXPERIMENT02: Teleffectence。遠く離れた2つの場所が、人間の認知の限界を超えた接続速度で1つにつながる。それはまるで隔てた場所をつなぐ合わせ鏡のようでもあれば、異なる反響音を加える自然のエフェクターのようでもある。8K高解像度映像で繋がれた窓を通すと見知らぬ同志の間にも不思議な親密感が生まれる

 2つ目の作品を紹介しよう。美術館2階へ通じる階段を登った正面に置かれた「EXPERIMENT02: Teleffectence」という作品だ。近づくとカメラが人間を捉え動きを追う。その向こう側にあるディスプレイには、誰かが映し出されている。これ実は記録された映像ではなく数km離れた長坂コミュニティ・ステーションから送られてくる生の映像だ。

 遠く離れた2つの会場を繋いだテレビ電話のような作品だと言っていい。ここですごいのは、これがBeyond 5Gの次世代通信技術、光無線通信を用いていること。光ファイバーに負けないほど速く、1マイクロ秒程度の超低遅延かつ大容量な通信手段なのだ。

 ソフトバンクR&Dの湧川隆次所長の話が面白かった。開発中の作品では問題がなかったのに、実際に美術館に設置したときに予想外の映像の遅れが生じて皆が驚いていたという。しばらく原因がわからなかったが、実はディスプレイに映し出されている8Kの映像、開発時にはSDIという端子を使ってディスプレイに表示していたが、最終作品ではHDMIを使ってディスプレイに表示していて、どうやら8Kの映像を通信速度が比較的遅いHDMIケーブルを通すために生じていた遅れであることが発覚したという。

 テレビやパソコンで日常的に使っていてHDMIケーブルの接続が遅いと感じることはめったにないと思うが、それを大きな問題と感じさせるまでに攻めた作品なのだ。

 なお、真鍋氏によれば、ここまで遅延が少ないと遠方からマイクで送られてきた音に、その音を受けた空間ならではの反響を加えて返す、つまりリアルエフェクターとしても使うことができるという。作品タイトルの「-effectance」の部分も、おそらくこの発想から付けたのだろう。

音を聴いて浮かべる情景を脳から“デコーディング”

EXPERIMENT03: dissonant imaginary。タイトルは日本語に訳すと「不協和音の虚像」。脳内活動を計測するfMRI装置内に入り、真鍋氏が用意した効果音や音楽を聴きながら情景を想像する被験者。その頭の中に浮かんだ像を映像化するのは京都大学情報学研究科神谷研究室の技術。不協和を生み出しているのは人によって同じ音楽でも異なるイメージを思い浮かべるからか、それともイメージが見えそうで見えないからか。いずれは技術が進歩し、もっとクリアなイメージが描き出せるようになるのかもしれないが、今の描けそうで描けないもどかしさが、かえって大きな心への引っ掛かりを生み出す

 3つ目の作品「EXPERIMENT03: dissonant imaginary」は、さらに未来を感じさせる。ブレインデコーディング、つまり人間が脳の中に思い描いているイメージを映像化する作品だ。何人かの被験者に医療用のMRI装置に入ってもらい、真鍋が制作した効果音と音楽を聴いてさまざまな情景を思い浮かべてもらう。その状態でMRIが測定した脳活動パターンを機械学習によるパターン認識で解析している。

 これは世界に先駆けて日本で開発された「ブレイン・デコーディング」技術で、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)の脳情報研究所の客員室長も務める神谷之康氏が、京都大学の神谷研究室(情報学研究科)で進めている研究だ。作品の制作にも同研究室が協力している。

 ディスプレイに映し出された情景の映像は、何の映像だか分かりそうで分からないが、逆にそれが思い出せそうで思い出せない夢の映像のようで心を奪われる。

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